地上から3センチくらい上を漂っているバンド――ヴィクトリア・ルグラン(Vo/Keys)&アレックス・スカリー(G)から成るデュオ:ビーチ・ハウスに対して、そんなイメージを抱いてきた。それは、ファースト「Beach House」の内ジャケをパステル・ブルーのロング・ドレス姿で彩るヴィクトリアの姿に足が写ってない(合成でしょうけど)とか、セカンド「Devotion」のジャケットはよく見るとキネシス実験?交霊術会?の一場面みたいだったり(テーブル中央のケーキ皿が浮いてます)、彼らの中に超常現象やマジック、非合理、ファンタジーへの親近感が存在するからだと思う。
「Tokyo Witch」なんて曲もレパートリーにあるけれど、訥々としたメトロノーム・ビート、色褪せたレースのカーテンを思わせるシンセサイザーを時折り揺らすスライド・ギターの微風・・・と、ビーチ・ハウスの音楽はゆったり単調な日常と、そこにふっと浮かび上がる、不可解な美しさやたまゆらの意識のほつれを描くようだ。夕焼けがラヴェンダーの雲ににじむ夏空を見上げるうち、こみ上げてくる不安。湯気の立つ紅茶のカップに溶ける角砂糖の幸せ。何かの拍子で急に動き出した、ゼンマイ仕掛けのオルゴール。なんてことはない、けれど現実を数ミリだけスライドさせ胸を騒がせる、心に直接焼きつくような場面ってある。そこで安易に「ドリーミィ」という形容は持ち出したくない。けれど、彼らのサウンドには――楽しさや曖昧さ、不思議さ、怖ささえ伴う、たとえば大林宣彦の初期劇場映画を思わせる――夢の鼓動が脈打っている気がするのだ。本作のタイトルは、そのものずばり「Teen Dream」。
リズム・マシーン~宅録系の簡素な音作りの中にも個性が光ったファーストに続き、「Devotion」ではプロダクションを総体的にパワー・アップ。かといってバリバリにモダンな音になった・・・というわけではなく、彼らの拠点:ボルチモアの夏を思わせる気だるいムードと地下のエコー・チェンバーをそぞろ歩くごときヴィクトリアの歌声が醸すくすんだトーンは健在ながら、シンプルなメロディが活きる空間の使い方、音質の向上、コーラス・ワークなど、いずれも成長著しかった。積極性を増し、豊かな情感を開放し始めたヴィクトリアの歌い手としてのステップ・アップ&楽曲の良さ(「Heart of Chambers」「Gila」など、ここ数年でも屈指の名曲だろう)もあいまって、ビーチ・ハウスの最初のブレイク・ポイントとして愛されることに。このセカンド発売(08年:フリート・フォクシーズの前座)から去年にかけて彼らのライヴを2度観ることができたが、1年の間にパフォーマーとして一皮剥けた(グリズリー・ベアのヒット作「Veckatimest」にヴィクトリアがゲスト参加したのも、いいトピックだっただろう)、という手ごたえもあった。基本内向きな人達っぽいので、外に向かっていくことでポジティヴな変化が生まれたのだろう――という訳で本サードに向ける期待は大きかったが、期待にたがわぬ・・・というか、それ以上の素晴らしい作品。前2作で確立したドリーム・ポップという根本を一切損なうことなく、更なる内面の跳躍を達成している。
過去2作のレトロ/ヴィンテージな雰囲気とは異なり、ジャケットのシマウマ模様、マイケル・ジャクソン「Off The Wall」を思わせるロゴ(しかも、たぶんピンクの口紅で書いてある)と、作品を彩るのは80年代風イメージ(音楽的影響、ではない)。ちょっと意外だ。しかし、夢そのものに魅せられた人間の編み上げる空想だけではなく、この作品からは心の奥底から湧き上がる、愛と愛する対象へのピュアな欲求が響いてくる。サウンドもメロディも相変わらず幻想的でアンニュイだが、情動の表現はダイレクトで深い、より心揺さぶられるものへ。さなぎの中で恋を夢見ていた乙女が、本当に恋に落ちて蝶に孵化した・・・とでもいうか、本質は変わっていないけれど、恋する喜び(と悲しみ)が具体的になったと思う。そんなことを書いている自分自身、相当ロマンチックで夢見がちな青臭い人間なのだろう。「ディスコで一晩中、大好きな君と踊り明かしたいんだ♪」に集約される「Off The Wall」みたいな――30年経った今にして思えば、あれは実に無邪気なティーンエイジ・ポップの夢だった――きれいごとで恋愛が済まされるものじゃないのも、いい加減分かっている。ビーチ・ハウスの2人にしても、10代はとっくに卒業している。それでもこの作品を聴いていると、たとえばジョン・ヒューズ作品でモリー・リングウォルドが健気に体現してみせた、「ちょっとハミ出した女の子」のイノセントな夢、内に抱えた愛への不安~傷つきやすさが蘇ってきて、いとおしくも切ない気分になってしまう。
その泣きは、アルバム1曲目「Zebra」からこちらを虜にする。徐々に満ちる潮のようなリフにリードされ、キック・ドラム、コーラス、リード・ヴォーカル・・・と大きくサビが花開くこの曲、淡々としたグラデーションを得意とするビーチ・ハウスにしては比較的キャッチー、かつドラマチックな曲構成だ。しかし、ゆりかごを揺らすピースフルなスウィングが楽曲全体を包むことで、メリハリの利いたアレンジの角はとれ、スムーズな流線型に仕上がっている。初期の彼らはリズム・マシンやプログラム・ビートに頼っていて、そのぶんグルーヴが二次的~物足りなく感じられる場面もあった。セカンド以降生ドラムを多く使うようになっていて、その腰の据わったグルーヴは本作に新たな深みを呼び寄せている。地上を数センチ漂いつつも、根はしっかり地に根付いている、そんな安定感が「何度でもここに帰ってきたい」と思わせる暖かさを本作に生んでいると思う。
鮮やかなオープニングに続く「Silver Soul」はリヴァーブで濡れ濡れのスライド・ギター(その意味でもマジー・スターっぽい曲)とレイジーなビート、抑制された官能を宿した嗚咽も絶品な楽曲で、磨りガラス越しに振動するごときエモーションがもどかしくも切なく――手の届かない誰かを恋焦がれる思いに、ちょっと似ている――、それだけに情趣を誘う。アウトロの荘厳なエレピに被りながらキック・オフするシークエンスも見事な、ファースト・シングル「Norway」。〝ハッ・ハッ・ハー〟の可憐なコーラスとトレモロを刻むギター、そこに(実は)マスキュリンなヴィクトリアの凄みのある歌声が混じることで、ディープなロマンの渦が巻き起こる。甘ったるく可愛い猫撫で声ではない、熾火のように燃えるリアルな情念を感じさせるこの人の声は、たとえば女優で言えばジャンヌ・モローになるだろうか?それでいて、ラジオでプレイされても不思議はないほどキャッチーな楽曲なんだけど。
Used To Be--Beach House
その歌声が熱く慟哭する「Walk In The Park」は、個人的にベスト・トラック①。リズミカルなキーボード・リフと単調なリズム、ギターも味付け程度・・・とシンプル極まりない曲だが、典雅なサビの放物線とそのピークに向かう隆起をたどる喜びは、頭30秒の明快なフックで何もかもが決まる昨今の音楽になかなかついていけない自分にとっては、至上の贅沢である。子供の手遊びにすら聞こえるあどけないピアノが花開く「Used To Be」、タイトなビートと80年代AOR調のキーボードが冴える「Lover Of Mine」、50~60年代のガール・グループのシングルB面に似合いそうなノスタルジックな「Better Times」・・・と緩やかに流したところで、後半。バスドラとギター・リフ、ヴォーカルでア・カペラっぽくスタートするベスト・トラックその②「10 Mile Stereo」は、視界を覆う銀粉のシンセとスタッカートの性急なリズムを援用し、雄大な大河のうねりへ聴き手を誘っていく。このクラウト・ロック的にスペイシーな飛行は、これまでの彼らにありそうでなかった展開だろう。キャロル・キングを彷彿させるクラシカルなSSWトーンの「Real Love」で一拍置き、ラスト「Take Care」はこれまた号泣モノのドリーム・ポップ・トラック。ビーチ・ハウスの他の楽曲同様ラヴ・ソングなんだろうけど、「I’d Take Care Of You/That Is True」の切々と沁みるリフレインは、男女の色恋云々の域を超えた人間的/普遍的な愛の祈りにすら響く。この母性を感じさせる大きさは、ヴィクトリア・ルグランという傑出した歌い手のスケールを物語るものだと思う。
まだ3枚目ではあるけれど、現時点でのビーチ・ハウスの最高傑作だろう。単純な話、本作収録10曲の中にひとつとして(演奏、パフォーマンス、プロダクションにおける)「脇が甘い」「ブレた」瞬間がない(良いのはシングル曲だけ、みたいな「アルバム」が多い中、自分にとってはこの一貫性~ソリッドさは大きいのです)。〝埋め草〟曲のないタイトな内容/アルバムとしての完成度は、自分達独自の声を見つけたバンドならではの静かな、しかし確信に裏打ちされた「This Is Our Music」のステートメントと言える。物事がめまぐるしく動き、ターン・オーヴァーが早い今の時代だけど、ちょっと歩調を緩めて、この美しいトリップに参加してみてほしい。きっと、長く心に残り続ける何かを感じると思う。
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