ウェイン・コインの頭の中にあるコズミックなゴミ捨て場/ガラクタ置き場で、何かが芽生え、オギャア!と産声を上げたようだ。彼同様に精神感応型の音楽的外科医であるバンド・メンバーと力を合わせ、ウェイン&フレイミング・リップスは、バンドのアーティスティックな立ち位置を定義し直し、そしてこのバンドの音楽的な遺産と名声を固めるであろう、そんな優れた作品の出産に立ち会ってみせたのだ。仮に、彼らのキャリアがこのまま続かないもの――ウェイン・コインの「今を生きる」哲学に照らせば、この素晴らしいバンドのパワーが明日にでもガクン、と衰える可能性はあるのだから――だとしても、このとてつもなくファンタスティックな作品は、そのレガシーの終章を飾るにふさわしいのではないか、とすら僕には思える。
彼らのスタジオ・ニュー・アルバムである「Embryonic」に関しては、既に一部の批評家の間で「分かりにくい」と否定的な意見が発されているし、大雑把なプロダクションで制作されたフリー・フォールなジャムの寄せ集めに過ぎない、と評する者すら中にはいる。その意見が的を射ているか否かは別の話としても、この作品がフレイミング・リップスにとってひとつのターニング・ポイントであること、そして「Do You Realize???」型の心地よい癒しのポップ・ソングの領域に彼らが留まることを期待している向きには、あまり慰めにならない作品であること、その点は間違いないだろう。このアルバムが聞き手にもたらすのはとんでもなく野性的でフリーキーなビートに彩られたストレンジな音楽であり、たとえば比較の対象として上げられるのはカンやプラスティック・オノ・バンド、あるいはエレクトリック時代のマイルス・デイヴィスだろうし、もっと近いところで言えばオネイダ、そしてもちろん(デイヴ・ベイカー在籍時代の)マーキュリー・レヴらのカオティックなサイケデリック・ミュージックと共鳴している。
とはいえ、バンドにとってのこの作品の起源は、グラミー賞受賞を始めとするメインストリームな評価の数々を彼らにもたらした00年代の前、すなわち「Zaireeka」にまで遡ると言えるだろう。CD4枚組、しかもその4枚を一度に同時再生して聞かないと全体像が掴めない(が、ちょっとだけタイミングをずらして再生しても、それはそれでかなり気持ちのいいリスニング体験を味わえる)・・・というとんでもないあの作品は、いわばアーティスティックな実験精神の極みであり、商業的にはお手上げという厄介なシロモノだった。あんな作品、当時のワーナー・ブラザーズがよく大目に見て発売にゴー・サインを出したもんだなあ、といまだに驚きを禁じえないわけだが、こうして彼らが再び同じように大胆な実験作を出すことになって、更にびっくりさせられている。だが「Zaireeka」はご承知の通り、続く傑作「The Soft Bulletin」と、以降のこのバンドに対する賞賛を導き出した画期的な、かつ触媒めいた役割を果たしたプロジェクトでもあった。あの時点から十余年を経た今、未踏の領域へと足を踏み入れるべく、彼らは再び「Zaireeka」同様のアーティスティックな十字路に立ち戻ったのだ。
最も臆面なくポップな類いの音楽をプレイしている時ですら、このバンドの提示するアイデア、そしてサウンドの奥には常に、大胆極まりないほど抽象的な何かがうごめいてきた。「Embryonic」においてその主従の関係はひっくり返され、アクセスしやすさよりもアブストラクトな要素が前面に押し出されている。それだけに、さらっと軽く聴いただけの印象では、この作品は否定的な連中に「未完成の、生半可なアイデアだけで成り立つレコードだ」との論を唱えさせることにもなりかねない。だが、この作品の生煮えで固まりきっていない点、それは意図的なものではないか、と僕は思う。磨きこまれたクリーンなサウンドを敢えて払拭し、アレンジにしても明快な区切りがなく、むしろ流動的。そしてヴァース/コーラス/ヴァースといったトラデョショナルな曲構造すら曖昧なこれらの楽曲は、だからこそじっくり細部まで深く聴き込む必要があるわけで、なんでも軽く聞き流すタイプのリスナーにとっては、当然取っ組みにくい作品でもあるだろう。「Soft Bulletin」、「Yoshimi~」そして「Mystics」がハリウッド産の高予算映画だったとすれば、この作品はいわば、ミニ・シアター系の低予算インディペンデント映画なのだ。
だが、それだけでこの作品を焦点のはっきり定まらない実験音楽、と決め付けてしまうのはあまりに早急だろう。ためしに、この作品をヘッドフォン――インナー・イヤー・タイプのちょろいヘッドフォンではなく、密閉型の良質なヘッドフォン――とQUADあたりの高音質のハイファイ・システムで体験してみてほしい。そうすれば、サウンドの立体的な分離が鮮やかに浮かび上がってくるのが分かるはずだ。要するに、ここで最も重視されているのは音のトーンと質感であり、聴き手はサウンドの森の中に慎重に分け入り、枯れ葉の下や物陰に隠れている音のトリュフを自ら見つけ出すことを促される。ジャム・ベースの楽曲だけにひとつひとつの曲でワン・アイデアが展開していき、1曲が長いという印象も受けるかもしれないが、実際にはこれまでの彼らの作品の楽曲と尺の意味で大差はない。それはむしろ、コンパクトなポップのフォーマットに収まり切らない曖昧さであったり抽象性を作品の前面、そして中心に据えようとするワイルドな意志ゆえだろうし、それがまた、この作品が一聴、彼らのこれまでの作品とはずいぶんかけ離れたものに聞こえる所以でもある。しかし、よく聴けばこの作品にも、過去数作に相通じるサウンドの瞬間はいくつも埋め込めれている。
たとえば歌詞の面で言えば、この作品のテーマにあるのは銀河と人間、重力への抵抗、自我といったおなじみのモチーフだ。しかしこれまでと若干異なるのは、希望やポジティヴィティばかりではなく、むしろ宇宙のカオス理論、そして人間性の持つダーク・サイドに目を向けている点だろう。不穏にドクドク躍動する、カンの「Mushroom Head」を思わせるモノトナスで薄暗いグルーヴが流れ出す「Convinced of the Hex」からその雰囲気がキック・オフし、続く「The Sparrow Looks Up at The Machine」に鳴るヴァイブレーションと夢のような幻想性も秀逸。「Evil」と「If」はいわば人間精神の陰/陽を描く対を成すような2曲で、これまで彼らが書いてきたメロディの中でも最も美しい調べが鳴っている。アルバムには5曲のインストが収録されていて、いわば章の区切りをつけるような役割を果たしているのだが、中でも「Aquarius Sabotage」はぶっちぎりの出来で、まるでアリス・コルトレーンがハンドルを握り猛スピードで飛ばす中、チャーリー・へイデンとオーネット・コールマンがウィンドウから身を乗り出して熱演しているような、すさまじいシークエンスを聞かせてくれる。フリーキーなフリー・ジャズ的感性は同じくインストの「Scorpio Sword」にも響いていて、ジョン・マクラフリンを思わせるギター・プレイ、そしてハープシコードの乱舞を聴いていると、これは「Bitches Brew」の1曲か?という思いすら浮かんでくる(今回アート・ワークに使われているロゴの書体も「Bitches~」のパクリだが)。中盤の「Powerless」「The Ego’s Last Stand」は前半と後半を繋ぐハブ的な楽曲だが、ニール・ヤングの「On The Beach」を彷彿させる宇宙的な孤独感~広大な虚無のムードはこれまた最高だ。
Convinced of The Hex--The Flaming Lips
終盤を飾るのはパワフルな3曲で、アルバムからの先行EPにも収録されていた、いわば本作のリード・シングルに当たる「Silver Trembling Hands」では火を吹くようなクラウト・ロック・グルーヴがスペイシーに飛翔していき、水晶のごとく煌めくシンセサイザーのリフが全体を繋ぎとめていく。その澄んだシンセのエコーはミニマルなピンク・フロイドとでも言うべき「Virgo Self Esteem Broadcast」まで持ち越され、動物が啼き徘徊する、夜の熱帯雨林の場面が浮かぶ地上的なトーンのサウンドとの呼応を見せていく。その中で、本作にゲスト参加したドイツ人数学者がモノローグを披露しているが、色々と考えてはきたが、永遠に続くこの世界~自然と人間の不可視の結びつきを数字やで割り切ることは不可能なのだ・・・という達観したつぶやきのトーンは、アルバム最終曲「Watching The Planets」の歌詞にまで続いていく。「エゴを殺せ」「答えを見つけようとしても、見出すべき答えなどない」というフレーズがちりばめられたこの曲は、人間の普遍的な魂の営み=昔も今も繰り返してきた/繰り返される「なぜ自分はここにいるのか?」という実存的な問いかけ~自らの存在意義の飽くなき探求、そして運命が用意した道筋をなんとかコントロールしようと葛藤する人間の意思とに、決着をつけるごとく響くものだろう。重いが、しかしある意味オプティミスティックでもある「受け入れ」。抗うのではなく、今の自分が感じるままを生きろ、とでもいうべき穏やかなヴァイブが、作品の最後を覆っている。
「Embryonic」(胚/胎児段階/未発達な状態)というタイトルは、このアルバムがいわばクラシック=古典になりつつある途上の作品であり、様々なポテンシャルを秘めている、という意味で実に適切だと思う。なぜなら、この作品は聞き返すたび新たな発見があり少しずつ正体がつかめてくる、またお気に入りの曲もリスナーの聞き方次第で変わっていく、そういう作品だからだ。時間の経過と共にこの作品がフレイミング・リップスにとって最も誇りにできるアルバムの1枚である、という評価はもっと増えてくるだろうが、「傑作」の印はこのアルバムのそこここに刻印されている。結成から25年以上経った今も、彼らの無限大の宇宙は広がり続けているのだ・・・果てしない、空を見上げ続けよう。
ザ・フレイミング・リップス「エンブリオニック」を脱兎チェック!
| M | T | W | T | F | S | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 01 | 02 | 03 | 04 | |||
| 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |