多くのインディロック・ファンにとって、“グラスゴー”という言葉は、まるで魔法のように甘く、魅力的に響くだろう。ロンドンからはるか遠く離れた、スコットランド南西部に位置する産業都市であるにも関わらず、80年代初頭のネオアコ・ムーブメントの牽引者であるオレンジ・ジュースをはじめとして、アデステック・カメラ、パステルズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、ベル・アンド・セバスチャン、モグワイ、フランツ・フェルディナンド、グラスベガス等、数々のバンドを輩出。国内外の音楽シーンに多大なる影響を与えていることは皆さんもご存じの通り。毎週100を超える音楽イベントが催されているという豊かなライブシーンをバックに(さすが、右も左もコンサート・ベニュー状態だけのことはある!)、地方都市(しかもスコットランド)という地理的不利にも関わらず、現在もインディロックの街として名高い。ついには、昨年夏、ユネスコから「音楽都市」の名誉ある称号を与えられ、名実共にグラスゴーは音楽の街として認められた。これが実は凄いことで、グラスゴーが世界で3都市目の快挙。この街に住む誰もが、ロンドンでもマンチェスターでもなく、グラスゴーがイギリス初の音楽都市に認定されたという事実を誇りに思ったに違いない(もちろん、グラスゴー在住の筆者も)。
しかし、この豊かなグラスゴーの音楽シーンを支えているのは、なにもグラスゴーやその他スコットランドの地方都市出身者だけでない。他のヨーロッパの都市がそうであるように、近年は、スコットランド外の地域からグラスゴーに移住した人達がミュージシャンとして多く活躍している。例えば、フランツ・フェルディナンドでスコットランド生まれはドラムのポールのみだし(後の3人はイングランド出身)、グラスゴーを拠点に活動をしていたスノウ・パトロールも、北アイルランド出身メンバー中心に結成されている(どちらも結局はイギリスのバンドになるが、まるで違う国かと思うくらい、各地域の独立性は強い)。さらには、現在グラスゴーで人気を集めるヒップ・ホップ・アーティストはアジア系移民が多いなんて話も耳にする。それもそのはずで、旧植民地からの移民が多い上に、市内にある4つの大学をはじめとした高等教育機関は多くの留学生を擁しており、グラスゴーは元々スコティッシュ以外の人が多く住む街なのである(もちろん、ロンドン程国際色豊というわけではないが)。
しかし、ここまで考えてみて、ふと思うのである、「グラスゴーらしさとは何だろうか?」と。オレンジ・ジュースから続くネオアコ流れのバンドは確かに今でも多いが、オプティモに代表される豊かなダンス・ミュージック、さらにハードコア、メタル、ハードロックと、音楽的多様性を保っている点を考慮すれば、音楽のジャンルではグラスゴーらしさを説明できないのは誰の目にも明らか。かといって、「グラスゴーで育った人達が作ればそうなるんだ!」なんて単純明快な話でないことは自明の理である。グラスゴー訛りはどうだろうか?しかし、ハッキリ訛りが分かるように歌う人なんてそうそういないし、少なくても、日本生まれ日本育ちの筆者には、歌っている時の訛りを1度聞いただけでどの地域出身かなんてすぐ分かるほどの英語の蓄積はない。
「となると、結局は何だろうか?」…そんなことを、ゾイ・ヴァン・ゴイ(ZVG)のデビューアルバム「The Cage Was Unlocked All Along」を聞きながら考えていた。ZVG – 2006年、キム・ムーア(Vo)、マット・ブレナン(Dr, Vo)、マイケル・ジョン・マッカートニー(Gt)の3人がグラスゴーで結成。早くから温かみあるフォーキーなサウンドが高く評価され、2007年のデビューシングル「Foxtrot Vandals」ではベル・アンド・セバスチャンのスチュアート・マードックが、続くシングル「Sweethearts in Disguise」では元デルガドスのポール・サヴェージがプロデューサーとして参加。ポールと再びタッグを組んで制作され、この春リリースされた「The Cage Was Unlocked All Along」は、地元のおしゃれっ子愛読のカルチャー系フリーマガジン「The Skinny」も、4/5点と高評価。もともとは自身のレーベルLeft In The Darkからリリースされたものだが、評判を聞きつけたグラスゴー最重要レーベルChemikal Underground(アラブ・ストラップ、デルガドス、モグワイ等を輩出)と契約したのを機に、10月に再リリースされた。
地元の音楽シーンを担うキーパーソンやレーベルから絶大なる支持を得て、まさにこれからが楽しみな期待の新人ZVG。グラスゴー伝統のネオアコ系バンドとカテゴライズされるタイプのバンドだが、彼ら3人もまた、グラスゴー出身でもなければスコティッシュでもない。キムとマイケルは、それぞれイングランドとアイルランドから大学進学のためにグラスゴーへ。マットは、スターリング(映画「ブレイブ・ハート」の舞台としても有名なスコットランドの地方都市)に留学していたカナダ人で、その後グラスゴーに引っ越し、バンドに参加となった。アルバムを聴くと、確かに、バイオリンや鉄琴などを用いた楽器編成や、アイリッシュ・トラッド風のアレンジが施された「Sweethearts In Disguise」など、彼らのバックグラウンドを垣間見ることが出来る。しかしながら、アンニュイな音(+歌詞)の手触りといい、「We All Hid In Basements」後半のサイケといい、アート志向かつちょっとレトロなアートワークといい、今作は、グラスゴーに住むちょっとおしゃれな若者の“今”を強く感じさせる。「We Don’t Have That Kind Of Bread」がその良い例だ。キムとマットの心地良いハーモニー(最近、男女でダブル・リード・ボーカルをとるバンドが多い気がするが、グラスゴーだけ?)が紡ぎ出すのは、何の変哲もない日常と想像の世界が入り交じってしまっている世界観。特に、曲中で描かれている「今日は家を出ないで!山賊に囚われて遠くに連れさられてしまうわよ。その代わり、私と一緒にベッドの下で隠れてほしいの」という、男も女も胸キュン間違いなしのストーリーは、グラスゴーのアート・スクール周辺に流れる空気とオーバーラップするところが大いにある。彼らグラスゴーのアーティストが行うエクスペリメントは、小さな子どもが「青色と黄色の絵の具を混ぜたら何色になるだろう?」と何を狙うことも無しにぐちゃぐちゃと絵の具を混ぜ合わせるのととても似ている。ZVGのリアリティをはみ出した世界観も、まさにこのそのピュアな好奇心の産物。かといって、他のグラスゴーの先人達のようにスウィートなポップ一本で攻めるのではなく、ちょっとひねりが利いているのがグラスゴーのヒップな若者代表・ZVG流。同曲のPVもまた、グラスゴーらしいユーモアとDIY精神に溢れていて、ビデオ制作の低予算っぷりを「Really Low / Like Pennies」とジョークで笑い飛ばし、タイトル・ボックスを投げ出すところから始まるオープニングは、まさにその象徴。アンタイ・フォーク系に通じる部分もあるが、彼らのシニシズムはシリアスなものではなく、パブのあちこちで交わされるジョークのような、良い意味での軽さがある。見慣れた景色に転がるちょっとしたハプニングやきらめきをキャッチし、音にのせて表現するという、実に彼ららしいと同時にとてもグラスゴーらしい1曲。そう、大事なのは、ある世界のどこに注目し、どう切り取るか。「The Cage Was Unlocked All Along」から感じられるグラスゴーのアイデンティティは、世界から集まったグラスゴー在住の若者達が共有しているユニークな視点。このアルバムが同時に多くの人が共感できる普遍性を兼ね備えることが出来たのは、そのユニークさが、彼ら若者の多様なバックグラウンドから生まれたものだからではないだろうか。だからこそ、1曲1曲がアナログ感に溢れていてフォーキーでありながらも、とても斬新に響いてくるのだ。
Zoey Van Goey--We Don't Have That Kind of Bread
「The Cage Was Unlocked All Along」には、00年代の終わりに、スコットランドのある地方都市でZVGが得たインスピレーションが溢れんばかりに詰まっている。それが教えてくれるのは、グラスゴーの景色や流行みたいな表面なことではなく、街中に転がっているたくさんの“小さなハッピー”を楽しむグラスゴーの若者の生き方や、彼らの生み出すダイナミズム。例えあなたがどの国のどこでこのアルバムを聞いていようとも、ZVGは「あなたのすぐ側にも幸せはある」というメッセージを、耳元でそっと語りかけてくれるだろう。
文=Ayano Onodera
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