Interviews

10/03/28|Frightened Rabbit
スコットランドから、ぐっと沁みる熱い風――フライトゥンド・ラビット・インタヴュー
10/02/09|All Tomorrow's Parties--Barry Hogan Interview Pt2
イギリスが誇る名物フェス、ATP主宰者に聞く―その②
10/02/08|All Tomorrow's Parties--Barry Hogan Interview Pt1
イギリスが誇る名物フェス、ATP主宰者に聞く―その①
09/11/17|WARP20--Steve Beckett
ワープ20周年スペシャル・インタヴューその②:総帥に聞け
09/11/12|WARP20--Tyondai Braxton
ワープ20周年スペシャル・インタヴューその①
09/05/13|Tinted Windows
パワー・ポップ最新型?ティンテッド・ウィンドウズ発進!
09/02/28|Calvin Johnson
祝再来日!ミスター・Kに聞くインディ論
09/01/27|Telepathe
モダン・ダンスのセイレーン達
09/01/08|Ben Kweller
アメリカン・サウスから届いたポスト・カード
08/12/16|Ryan Adams&The Cardinals
ライアン・アダムス、新たな契り「Cardinology」
08/11/25|Rolo Tomassi
Kids Are All Right
08/11/20|Dungen
北欧のサイケ秘境:ドゥンエン・インタヴューPt2
08/11/20|Dungen
北欧のサイケ秘境:ドゥンエン・インタヴューPt1
08/08/28|Fucked Up
ファックト・アップ・インタヴュー:パート2
08/08/26|Fucked Up
ファックト・アップ・インタヴュー:パート1
08/08/08|XX Teens
Welcome to Our (Dark) Land
08/08/03|Conor Oberst
On The Road
08/06/24|Pop Levi
Dandy in the Underground
08/06/19|Death Cab For Cutie
デスキャブ強化中!
08/06/10|Born Ruffians
Three is a magic number
08/06/04|Joan As Police Woman
Hymn for life
08/05/16|Chris Walla
デスキャブ強化月間
08/04/16|It Hugs Back
Sweet noise into your heart
08/04/09|Foals
New Sound for Modern People
08/03/28|Jeffrey Lewis
Still Makin' Noise in New York
07/09/25|Patrick Wolf
Cub is Wolf now
07/08/07|Animal Collective
Pet Sounds 2007

2009/11/17

WARP20--Steve Beckett

ワープ20周年スペシャル・インタヴューその②:総帥に聞け

pic:Eva Vermandel

「僕達の音楽は、お気に入りのトラックを聴くたび鳥肌を立ててエキサイトする、そんな人々のためにある」――1992年に発表された名アンビエント・テクノ・コンピレーション「A.I.(Artificial Intelligence)」のライナーノーツ(:参加したアーティスト全員が、Q&A形式で影響や好きなエレクトロニック・レーベルは?等の質問に回答している)にオウテカが寄せたコメントだが、その「A.I.」のリリース元であるWARPのモットーも、根本的にはこのシンプルかつ本能的な真理に尽きるんじゃないかと思う。
英北部シェフィールドで89年にスタート(:レコード・ショップとしては87年から活動)、シカゴ/デトロイトからの新たなサウンド・ウェイヴ=アシッド・ハウス~テクノを享受した新世代英エレクトロニック・アクト(ナイトメアズ・オン・ワックス、LFO他)を世界中のフロアに送り込んだ彼らは、その後もエイフェックス・ツイン、オウテカ、スクエアプッシャーといった人気アーティストのヒット作&重要作をリリース。シェフィールドが誇るポスト・パンクの実験~DIY主義の歴史とアンビエント・テクノ、アシッド・テクノ、ドラムンベース、IDM・・・と、刻々と変化していくエレクトロニック・ミュージック最先端とを繋ぎ、その諸相を新メディア(デジタル・メディア、デザイン)を通じて記録・表現しながら、ダンス・シーンのみならず、英インディ・シーンに影響を及ぼすレーベルへと発展していった。基本的にはロック好き・テクノヘッズでもなんでもない筆者のような人間ですら90年代半ば~後半にはワープ作品を聴いていたんだから、その影響力は推して知るべし、だろう。
レーベル立ち上げから約10年後には、ボーズ・オブ・カナダの金字塔「Music Has The Right To Children」(1998年)、そしてエイフェックス・ツインの大作「Drukqs」(2001年)で再びシーンに震動を走らせることに(:この時期のワープ作品がレディオヘッドの「転身」に影響を与えたエレメントのひとつであることは、当時広く報じられた)。一方で「テクノ」のパブリック・イメージに固執しないロースターの拡大(ブロードキャスト、グレイヴンハースト他)、映画プロダクションの発足(1999年)等を通じ、ワープはレフトフィールド&チャレンジングな現代音楽/オルタナティヴ・アートの発信源として確固たる地位を固めていく。そんな彼らが00年代USインディ・シーンのクリエイティヴな活況に呼応し、現ワープを象徴する存在とも言えるバトルスを筆頭に、!!!やグリズリー・ベア、ギャング・ギャング・ダンスといったエッジーで個性的なアクトと連係しているのは周知の通りだ。
レーベル開始20周年を記念し、ジャイガンティックなボックス・セット(笑)を発売、アニバーサリー・ライヴ・イベントがパリ、ニューヨーク、ベルリン他世界各地を転戦=日本にもエレクトラグライドで堂々たる上陸を果たすワープ・レーベルだが、そのオーナー兼マネージング・ディレクターであるスティーヴ・ベケットに話を聞いてきた。イギリスにいるとワープのアイコン性~彼らに対するリスペクトの念というのはシーンの随所で感じるものだし(音楽リリースはもちろんだが、シェーン・メドウズ作品他映像分野でも一味違う新風を送り込んでいて頼もしいし、All Tomorrow’s Parties待望のドキュメンタリー映画もワープから出ます!というわけで、もっと詳しく知りたい方は2005年に発行されたヒストリー本「Warp: Labels Unlimited」をチェックくださいまし)、「近づきがたいわ~ん」とこっちもやや恐れをなしていた・・・のだが、さすがふたつのディケイドに揺られ、新たなフィールドを切り開くことでシーンを変えてきた百戦錬磨な人物だけに、妙な気負いだの衒い、小難しい自家哲学(:うざい脳内妄想ともいう)とは無縁な率直で現実的、かつユーモラスな受け答えには大いに感銘を受けた。取材中にもちょっと触れたが、ワープはポスト・パンク期UKレーベル(:ファクトリー、ラフ・トレード、ミュート)のある意味頑固な気概――プログレッシヴでユニークな音楽=必ずしも商業的には成り立たないような音楽であっても、優れた作品であれば送り出す――を現代に継承する数少ない存在だと思う。いまやイギリス・オンリーどころか国際的に認知されているレーベルではあるけれど、そのパンクでインディ、インスピレーション重視のエトスは今も変わっていないし(:それは恐らく、今年同じく20周年を迎えたMergeやMatadorも同様だろう)、来るディケイドに向けてその重要性は更に深まっていくと思う。ともあれ、エレクトラグライドにもやって来るスティーヴ・ベケット氏、もしも会場で見かけたら「Thank you,I love your work!」と一声かけてあげてくださいね。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

――先日イギリス人の友人に、あなたに取材するんだと自慢もこめて話していたら、その人間はロンドンでのWARP10周年記念イベントにボーズ・オブ・カナダを観に行ったんですが、「あれからもう10年か~~!」と驚き、かつビビってたんですね。
そうだよねえ。
――で、ワープの最初の10年、そして99年から今年に至るディケイドというのは、どういう時間だったんでしょうか。
そうだな・・・。まず第2のディケイドというのは、レーベルとしての自分達をより強固なものにしていく、そういう時期だったと思う。ほんと、自分達をもっとインターナショナルなレベルから見詰めるようになって、たとえばアメリカやパリにもオフィスを設立したりだとか、ビジネスという視点から言えば、そうだね、自分達のやってきた足場をもっと固めていく、というものだった。でも、音楽的な視点から言えば、僕が思うに、ワープは「ダンス&エレクトロニック・レーベル~ハードコアなブティック・レーベル」というスタート地点から変化していって、より幅広いスペクトラムのアーティストも所属するようになった。たとえばバトルス、グリズリー・ベア、そしてマキシモ・パークみたいな連中もいれば、新手のエレクトロニック・アクト、たとえばフライング・ロータスやハドソン・モホークみたいなアクトもいる。だから、音楽的な変化という意味で言えば、サウンドの幅を広げていく、というものだったね。
――そのロースターの変化・拡大というのは、必要に迫られて、だったのでしょうか?ワープは90年代のプログレッシヴなUKエレクトロニック・ミュージックの典型とでもいうべき存在なわけで、00年代に向かった時、このままではなく、もっと広げていかなければ、という?
そうだね、でも、徐々にそうなっていった、というものなんだよ。時間が経つにつれて、様々なタイプの音楽に興味を抱くようになって・・・最初にワープを始めた時は、エレクトロニック・ミュージック、僕がレーベルに契約させたアーティストが、当時の自分自身にとってもっともエキサイティングな音楽だったんだ。そういう、ある種のジャンルの音楽に入れ込んでいたんだね。で、僕はそれが何であれ、いつだってベストな音楽を作ってる連中と契約したかったし、あの頃の自分の耳には、そういう音楽がベストに響いた、という。でも、そうしたジャンルも発展・成長していくことになって、僕の耳にはある意味、行くところまで行ったな、という感覚があって。そうするうちに、他のタイプのサウンドも自分にとって面白く思えるようになってきてね・・・だから、特に明確な方向転換というのではなくて、自然な進化だったんだ。
――90年代にあなたがリリースしていたような音楽あるいはスタイル、それは現在、やや行き詰っていると思いますか?もちろん、新しいエレクトロニック・ミュージックやサブジャンル、たとえばエレクトロ・ヒップホップやグライムなども生まれ続けているわけですが。
いや、何も袋小路に陥った、というのではなく、とにかく・・・僕は、自分があのジャンルのベスト・アクトと契約した、そう思っているんだよね。エイフェックス・ツインとかオウテカ、スクエアプッシャーといった人達は、僕からすればあのジャンルを定義した人々であって。で、その他の後続の人々というのは、彼らの後をついていっているというか、彼らのイミテーションであったり、あるいは彼らのレベルにまで達することがないっていう。だから、別にあのジャンルそのものが行き詰ってしまったというのではなくて、要するに、こっちはトップのアーティストを抱えているのに、なんでまた三流、あるいは五番目くらいに優れたアクトと契約する必要がある?っていう。
――(笑)そのエイフェックスがいい例ですが、彼は何を次にやるか予想もつかない、ある意味難しいアーティストですよね。
うん。
――そういうクセのある人々は、なぜ今もワープに所属しているんだと、あなたは思いますか?
そうだな・・・ひとつには、僕達がアーティストとパーソナルな交友関係を保っているって点があるね。だから、彼らが自分達のキャリアの中で何をやりたいと思っているのか、そこにフォーカスしてもらうにはこっちがどう動けばいいのか、僕達には分かってるっていう。それから、ビジネス面について言えば、ワープはアーティスト側と印税を50/50でシェアするってシステムだから、アーティストにとってもかなりいい収入になるんだよ。そういうビジネスの側面がちゃんとケアされているわけで、だから、たとえインディペンデント・レーベル所属であっても、ちゃんとした生活が成り立つっていう感覚があるんだね。これがメジャー・レーベルだと、アーティスト側の取り分は相当持っていかれて、(印税の)12%とか13%程度しか彼らに払われない、みたいなとんでもないシステムだから。
――それがあるから、今は多くのバンドがインディに移りつつあるんでしょうね。
そうだね、あるいは、(レーベルを通さず)自分達自身の手でリリースするっていう。
――じゃあ、ワープの契約条件というのは、今もある意味オールド・スクールな、それこそファクトリー・レコードが始めたインディーズの古典的なスタイルだっていうことですね?
そうだね、恐らく僕達は、いまだに50/50の形態を守ってる、数少ないインディ・レーベルのひとつだと思うよ。
――なるほど。自分がワープに興味を抱いてきた理由が、なんとなく分かってきました。ワープというのは現在イギリスにあるインディ・レーベルの中で、唯一といっていいくらいアイコニック、かつ崇拝されるレーベルだと思うんです。もちろん、良いインディ・レーベルは他にも存在しますけど、レーベルの発展・拡張の速度が速すぎたり、あるいはわたしが思うインディの姿とズレたことをやっていたり。
なるほど。
――でも、ワープは20年もの長い時間にわたってクリエイティヴィティ、高潔さ、そして音楽のクオリティを維持し続けてきたわけで、そこは特別だなあ、と。
うん、高潔さ、それは間違いないね。ほんと、それが僕達にとってのキー・ワードだね。高潔さ、そして・・・信頼性を保つことにフォーカスする、それなんだ、本当に。
――とはいえ、この20年間は決して楽なばかりではなかったと思います。あなた個人として、もっとも厳しかった時期と言えば?
(即座に)僕にとっては、パートナー(※ロブ・ミッチェル/ワープの共同創設者)を2001年に失った時、だね。あれは、この20年の間でも、潜り抜けるのがもっとも大変な時期だった。
――その時点でワープを終わりにしよう、と考えたこともあったり?
いや、それは考えなかったな・・・というよりも、いかに(レーベルを)継続させていくか、そして方向を前に進めていくか、それを考えたね。それと、彼が担当していたビジネス・サイドを誰に任せようか、そういう点も大変だった。
――ああ。レーベルのあるスタッフがいなくなると、「彼/彼女がいないなら自分も出て行く」ってアーティストはいますよね。
その通り。ロブは・・・僕達は、所属アーティストのロースターをそれぞれに振り分けて面倒を見ていたから、ケアしていたアーティストの多くと、彼はダイレクトな結びつきを築いていたんだよね。でも、(彼が亡くなったことで)僕がそんな関係の中に入っていって、改めて彼らとの関係性を築かなくてはならなくなった。あれは、厄介だった。
――では反対に、この20年でもっともエキサイティングだった時期、あるいはワープにとっての「これだ」という決定的な時期など、もっとも記憶に残っている瞬間と言えば?
んー、多すぎて決めるのは難しいよ!(苦笑)・・・それに「これ」っていう特定の瞬間というのはないと思うんだよね、むしろオーガニックに、自然に成長していったってものだから・・・でも、記憶に残っているのは、様々なリリース、あるいはライヴに立ち会った時で。たとえば、エイフェックス・ツインのライヴを初めて観た時、とか。
――へえ、それはいつの話でしょう?
いつだったかなぁ・・・メガドッグっていう、ちょっとしたレイヴ・パーティーで彼がプレイしたんだよね。ホロウェイ・ロード(北ロンドン)にあるザ・ロキットってヴェニューで。
――えー!あそこですかぁ??(爆笑)
今はたしか、大学になったと思うんだけど。
――はい。大学構内に組み込まれてて、今だと・・・60年代音楽のオールナイターとか、ヒップホップ・ナイトとか、かなりダサい感じです。
間違いなくダサいよね!(笑)・・・それとか、LFOを初めて観た時とか、バトルスを最初に生で観た時とか。そんな感じかな?あと、契約する前に、マキシモ・パークがたった3人の客を相手に悲惨なギグをやったところとかね。
――ははは!
でも、そこから彼らが徐々にファンを広げていって、50人、500人、1000人という具合に膨れ上がって、遂にはホーム・タウンのニューキャッスルで1万5千人を相手にギグをやるようになるまでを見届けた、という。そういう経験が、うん、自分にとっては際立って残っているよ。でも、僕にとって重要な点というのは、クオリティ・コントロールそして高潔さを維持する、という感覚を20年の間ずっと保ってきた、という点だし、そこは誇りに思っている。

Donkey Rhubarb/Aphex Twin

――そんな風にワープがコンスタントに優れたアーティストを発掘・輩出できてきた、その秘密は何だと思いますか?とにかくデモなり新しい音楽を聴きまくること?あるいは、ライヴに足しげく通う?
んー、というよりも、自分の本能的なカン、直感に従うってことなんじゃないかな?自分が信頼している人々からのレコメンに耳を傾けて・・・だから、たとえばワープの契約アクトには、ワープ所属アクトからの素晴らしい推薦で決まったってのが多いんだよ。たとえばバトルスは、プレフューズ73からのレコメンで契約したんだ。彼(ギレルモ・スコット・へレン)はもう、「このバンドは絶対に、絶対に契約しなくちゃダメだ」、「とにかく最高のライヴ・バンドだ」って感じで猛烈にプッシュしてきてね。で、僕は「ハイハイ、分かったよ」みたいな調子で受け流していたんだけど、それでも彼(プレフューズ)は「絶対に彼らのライヴを観なくちゃ!契約すべきだ」って具合で。で、実際にバトルスのライヴを観たら、こっちも「うわっ!こりゃ本っ当にとんでもないバンドだ」って感じてね。
――プレフューズが正しかった、と。
もう、絶対的にその通り!だね。
――(笑)。イギリスではとんでもないアニバーサリー・ボックスも発売されましたが、日本ではもっと手軽な2枚組として、コンピレーションが3枚、ワープ20周年を記念してリリースされました。「Chosen」、「Recreated」、そして「Unheard」。その「Chosen」ではネットを通じてファン投票でベスト・オブ・ワープ選曲が決まったわけですが、そのリストの中で「え?なんでこの曲が今も人気なの?」なんて風に、あなたが不思議に感じた曲はあったりします?
いやー・・・それはなかったな。「なるほどね」という曲ばかりだったし。でしょ?ファンはみんなカタログをよく知ってるし、うん、特に驚きはなかったな。
――分かりました。でも、なぜもう1枚は「Recreated」=カヴァー集だったのでしょうか?ワープと言えば、むしろリミックス集を想定する人の方が多いと思いますが?
うん、っていうか、それがまさにカヴァー集にした理由なんだよ。リミックス集を思い浮かべる人は多いと思うけど、でも、ワープ10周年の時に既にリミックス集はやってしまったし。今回はこれまでやったことのないことをやりたい、その思いが確実にあったからね。それに、僕個人としてもカヴァーの方が興味深いな、と思って。というのも、(リミックスではなく)カヴァーの方が、アーティストがそれぞれのインプットをもっと楽曲に加えられると思うし、ほとんどもう、取り上げたアーティストのやることを、自分のものに作り変えてしまうようなものだからね。そっちの方が、オリジナル曲のパーツを使って何かやる、というのよりも遥かに面白いんじゃないか、と僕は思って。たとえばボーン・ラフィアンズ、彼らはエイフェックスの「Milkman」をカヴァーしたんだけど、あれなんて最高だからね!(満面の笑顔)彼らの例の歌い方でエイフェックスの歌詞を歌ってて・・・ほんと笑えるよ。
――(笑)同感です!あれはめちゃキュートでした。で、過去5、6年というもの、音楽リスナーの音楽との接し方・聴き方はかなり変化しましたよね。デジタル・プレイヤーがあり、違法シェアリングもあり、それに伴ってCD売り上げも落ちている。そんな中で、ワープは2004年には既にDRMなしのデジタル・ミュージック・ストアを始めていて、かなり対応が早かったわけですけど、今のこの状況はどんな風にワープに影響を与えてきたのでしょうか。
影響を受けてる、それは間違いないね。セールスに影響が出ているし・・・フィジカルな作品の売り上げ自体が低下している、そのマイナス分を埋め合わせるために、CDセールス以外の色んな分野にも視野を広げることになった。だから、たとえば広告とのタイアップだったり、映画サントラへの楽曲提供といった、他分野とのシンクロに僕達ももっと力を注いでいるよ。それに、もちろんワープのデジタル・ミュージック・ダウンロード・ストアに関しても、ご承知のように努力を重ねているしね。うん、ほんとに世界的に影響が出ているし・・・そうだね、それは特に、小売業の世界に本当に顕著に現われている。フィジカルなレコード店は、ロンドンはもちろん、東京でもますます減っているよね?
――はい。で、実際にレコード、あるいはCDを売るショップの消滅、それはあなたにとっては悲しい話でしょうか?たとえば、中には「もうデジタルだけで充分な時代、CDなんていらないよ」という意見の人もいますし、一方で「やはり手に取れる何かがある方が」という意見の人もいて。あなたはどちらの側ですか?
うん、間違いなくその両方を享受する方だな。たとえばボックス・セットとかは、やっぱり持ってるといいもんだからね!
――(笑)。
でも、わざわざフィジカルな商品として出すのであれば、それが所有するだけの価値がある、そういうものにしなくちゃいけないと思うんだよ。というのも、コレクターというのはやっぱり、なんだかんだ言ったって美しいアナログ盤だとか、優れたパッケージを求めるものだからね。でも、CDというメディアにはそもそもそういう「パッケージ」としての価値がないし、うん・・・部屋の隅で埃を被ってる、そういうものになってるんじゃないの?(苦笑)で、今というのは聴き手もデジタルにシフトしているわけで、たとえばCDを買うにしたって、アマゾンで注文して、作品が届いたらPCに取り込んで、CDそのものは棚にしまってハイ、おしまい、みたいなものだから。だから、うん、時代はますますデジタルに向かっていくと思う。で、それはやはりちょっと悲しいものなんだよ。というのも、美しいアート・ワークだとか、実際に手に取ってみて感じるもの、そういうものには何かしら、とても素敵な感覚があるからね。
――でも、それってあなたがワープの前にレコード店で働いていた、という経験も関っているかもしれないですよね?私もそうですが、世代的に・・・
うんうん!フィジカルな作品へのノスタルジアを抱ける世代、ということだよね。でも、これからの世代、あるいはこれから生まれるキッズ、彼らにそういう感覚はないだろうね。iPodに入れりゃ済むのに、なんだって場所を取る現物を持ってなくちゃいけないの?みたいな。
――ツアーとアーティストの関係はいかがでしょうか?作品本体が売れない、だからバンドはツアーで稼がなければ・・・という考え方が今主流になってるわけですが、ワープのアーティストの中には、ほとんどツアーをしない人も多いですよね。
いや、でも実際はどうかというと、ワープ・アーティストの8割・・・いや、もっとかな?彼らは頻繁にツアーに出て、しっかりコンサート収入を得ているんだよ。ただ、そうだね、言われた通り、一部のアーティストはツアーに出ないよね。たとえばボーズ・オブ・カナダ、彼らは残念なことにツアーはやらない。僕も説き伏せようとして、ツアーをやったらどう?って話してみたけど、ダメだったな(苦笑)。でも、彼らの作品は今も売れ続けているから、彼らには「ツアーに出なくては」という必要性はないんだよね。
――そうですね、ある意味その神秘性が魅力になってもきたし。ライヴをやらない、だからこそ人々も音楽を通じて彼らとコネクトするしかない、という。
その通り。
――仮に、あなたが今ロンドンにいる20代前半の若者で、レコード・レーベルを始めようとしたら、どういう形態でレーベルをやると思いますか?
(笑)そうだな・・・今は、本当にレーベルをやるには厳しい時期だからね。でも、やりおおせている連中もいくつかいるし、彼らは自分達なりの居場所を、たとえばライヴ・イベントを通じて生み出していったり、フィジカルなリリースは12インチだけに限定して、基本的にはデジタル・ダウンロードを販売、なんて風にやっているんだろうね。でも、とにかくひとつ言えるのは、本当に心の底から音楽が好きで、かつ音楽に情熱を抱いている、その姿勢は必要だと思うよ。そうすれば、何かしらそこから生まれてくるものもある、っていう。それが、たとえば「レコードを出して一発当てて儲けたい」とか「いい暮らしをしたい」だとか、そんなことを思い描いてやってるんだったら、そうだね、たぶん僕は、今なら別の職業を選ぶよ(苦笑)。
――医者か弁護士を目指した方が確実、と。
そうそう(笑)。
――で、レーベル始まった頃から、ワープを定義する様々なクオリティ――たとえば秀逸なアート・ワーク、個性的なアーティスト・音楽――といった一種のレーベル哲学は、最初からきっちりあったのでしょうか?
そうだね・・・
――それに、ワープというレーベルには、そうしたシリアスなだけではない面も時たま顔を出しますよね?エイフェックスのクレイジーなプロモ・ヴィデオがリリースされた時とか、あるいはLFOの「LFO」が発表された当時とか。「LFO」がラジオから流れてきたのを最初に聴いた時、ある知り合いは「もんのすごい衝撃を受けた」って言ってたんですよ。
(苦笑)。
――あんな音はそれまで他に聴いたことがなかったし、安いカーステなんかだと、それこそスピーカーがぶっ壊れそうな重低音で、「これってなんだ?!?」と魂消させられた、と。で、ワープにはある意味アーティスティックばかりではなく、お茶目というのか、人々にショックを与えよう、そういうどこかふざけたところもあるなあ、と。そうした面は、どんな風に培われたのでしょう。
うん、そういうエレメントは確かにあるよね。予想もしないものが出てくる・・・ロゴにしても、見ただけではいったい何なのか分からない、自分から興味を持って、実際に聴いてみないと僕達のやろうとしていることは分からないんだよ、という。でも、そうだな、レーベルを始めた時は、これといって長期的なヴィジョンはなかったんだ。何せ、さっきの重低音ベース・サウンドの話じゃないけども、とにかく「自分達がプレイしているクラブで、クラブの窓ガラスをビリビリ言わせてやれ!」みたいな。
――(笑)。
でも、ほんとそうだったんだよ。クラブに行くとチル・アウト・ルームっていう、音楽がかかってなくて落ち着いて酒の飲めるエリアがあったんだけど、LFOがかかった瞬間、部屋全体が〝ブォォー・ブ・ブー・ブーブー!〟って震動し始めて。
――ははは!
「あ、LFOがかかってる」って、それで分かるっていう(笑)。だから、ほんと、最初のうちはもう、クラブの窓ガラスを俺達の音でビリビリ震わせてやれ、それだけがゴールだったっていう。でも、そこからレーベルも発展していき、さらに大きなヴィジョンも描けるようになっていった、と。
――それを聞いても、ワープはやっぱりクラブからしか生まれてこない感覚/発想のレーベル、サブ・ベースがそこまで強調されていなかったロック・ヴェニューからは出てこないレーベルだったんだなあ、と思いますね。
うんうん、それはもちろん!僕達はロックなんて軽蔑してたし・・・(慌てて)いやまあ、軽蔑ってのでもないけど、要するに、自分達の出す音楽がロック・バンドを一掃して、5年後には連中はこの世から消えているだろう、そういう意気込みでやってたよ。
――(笑)ハウス・ミュージック、テクノといったアメリカからやってきた新たな音楽とクリエイティヴィティは、あなた達にとっての啓示だったわけですね。
そうそう。
――他のインタヴューでもおっしゃっていましたが、あれは80年代のパンクだった、という。
その通り。パンクのようなDIY感覚があったし・・・でも、80年代までにはパンクは消えてしまって、バカしか聴かないような、ヌルいポップ・ミュージックが山ほどメインストリームに溢れていたわけだよね。そういう、メジャーのレコード会社が垂れ流すビッグなポップ・ミュージックの中を、逆に向かって泳いでいく必要があったし、また、シェフィールドにはポスト・パンクのエレクトロニック・ミュージック・シーン、たとえばキャバレー・ヴォルテールとかチャック、フーラみたいなバンドもいたんだよ。で、そうだね、彼らはダンス・シーンを、ある意味当時の状況に対する反逆行為、みたいに掲げていたし、それは音楽を人々の手に取り戻したし、結果DIYなアティテュードがもっと登場することにもなって。だから、「LFO」がシングル・チャートに入って、ホイットニー・ヒューストンより上位にランク・インした時なんて、それこそ大手レーベルの連中が次の日の朝の会議で頭を抱えて、「なんでこんな事態になったんだ?!」とパニクってる、そういう様子が目に浮かぶっていうね(笑)。だって、シェフィールドから出てきた、どこの馬の骨とも分からないキッズの出した曲の方が売れちゃったんだからね。スーパー・スターの方には、それこそン百万とマーケティングだの、プロモ・ヴィデオだの予算が費やされているっていうのにさ・・・だから、連中にはもう、何がどうなってるかさっぱり分からない、理解を越えていたっていう。うん、そういう考え方は楽しいよね。

LFO--LFO

――メインストリームに対するゲリラ的存在だったわけですね。また、ワープがシェフィールド発である、その点は、当時どんな風にあなた達の考え方やレーベル運営に影響したと思いますか?
っていうか、今でも影響しているんじゃないかな。もちろん、レーベルのオフィスはこうしてロンドンに構えているけども、映画プロダクション会社(WARP FILMS)は今もシェフィールドにあるし。それに、うん、こっちは北、あっち(ロンドン/メジャーの音楽業界)は南、っていう感覚はあるし、それに、シェフィールドは工業都市だったから、こっちはイギリスの他のエリアの連中よりもずっとハードにできてる、そういう思いはあったよね。だから、それは間違いなく、僕達の感性に無意識のうちに浸透していると思う。
――そういえば、ワープの所属アクトで、「ロンドン出身」って思い浮かばないですよね?
えーと・・・(考え込む)
――たとえば、ブロードキャストはバーミンガム、マキシモはサンダーランド・・・
ああ、そうだね、純粋にロンドン出身、ロンドンで結成された連中ってのは、確かにいないかも!はははっ、考えたこともなかったけど、事実だな(笑)。
――(笑)しかも、ロンドンどころか海を越えて、アメリカのバンドと契約してますし、もしかしてワープの人々は、ロンドンに対してなんらかの不信感があるのかな?とも感じてきたのですが。
というか、ロンドンで起きるバンドのハイプ、あれは一切信用してない。
――ああ、なるほど。
ここ(ロンドン)では、たとえばバンドがたった5分で契約をモノにして、あっという間にメディアに書き立てられて、でも2ヵ月後には完全に忘れ去られてる・・・みたいなことがしょっちゅう起きるから。でも、僕はそうやってスポット・ライトが簡単には当たらない、大都市以外の場所で活動しているバンドの方が、自分達なりのクラフトを磨く時間の余裕があるだろう、そう思っていて。それは、特にアメリカではそうだよね。あそこでは、人々の話題になるまでに、バンドの方はそれこそ200、300本近いライヴをこなさなくちゃならない。でもここでは、たとえばヒップな東ロンドン:ホクストンのクールなヴェニューで一発ライヴでもやれば、たちまちNMEで表紙になるんだからね!(苦笑)そんなんじゃもう、バンドには成長するチャンスすら与えられないし、彼らが未熟なままってのは当然だよ。だから、オーディエンスが「話題になってるバンドだから」とライヴを観に行っても、「全然話と違うじゃん!」みたいなことにもなる。というのも、そのバンドですら、ハイプの速さには追いつけてないって状態だから。絶対に、そのエレメントはあると思うよ。
――さっきもちょっと話にも出たワープ・フィルムですが、レーベルだけではなく、いつか映画制作会社を・・・という思いは常にあったのですか?
うん、レーベルでコケたから、映画会社を始めることになったんだ!(笑)
――(笑)。
・・・(笑)というのは冗談で、まあ、そのアイデアを常に抱いていた、というわけじゃないけど、今から7、8年くらい前かな?ワープは多くの映像作家と、ミュージシャン同様の関係を築いているのに気がついてね。たとえばクリス・カニンガム(※エイフェックス・ツイン、ビョークらのプロモーション・ヴィデオで有名。「Rubber Johnny」はワープよりリリース)とか、クリス・モリス(※俳優/コメディ作家。「Blue Jam」、「Brass Eye」、「Nathan Barley」などブラック・ユーモアと痛烈な風刺で知られる)といった人々と、所属アクトを通じて知己を得ていったわけだけど、そこで彼らから、映画を撮ることの難しさについて、そして完全なクリエイティヴ・コントロールを確保するのがいかに大変か、という話を聞かされて。そこで感じたのが、ってことは、映画業界の連中も、僕達がレーベルを始めた時と似たようなシチュエーションにいるんだな、ということで。だったら、彼らをヘルプしてあげるのはいいことじゃないか、と。で、僕達はNESTA(※National Endowment for Science, Technology and the Artsの略。イギリスの文化支援団体)という組織のスタッフと話をするようになって、一種の助成金なんだけど、あれを得たおかげで、短編映画に出資することができるようになって。そこで、最初の何本かを作ることになったっていう。
――なるほど。ワープから新作「Le Donk&Scor-zay-zee」が公開されたばかりのシェーン・メドウズ監督についてですが――
彼は素晴らしいよね!
――ええ、「This is England」を始め、彼の映画は非常に好きなんですが、彼のいわゆるキッチン・シンク型な作風~英国生活描写に特に「ワープ」的なものは感じません。既に3本ワープ・フィルムと作っているわけですが、このちょっと意外なコラボレーションは、どんな始まったのですか?
ああ、彼は・・・まず、僕達が最初に作ったのがクリス・モリスの映画だったんだよね。彼とは「Blue Jam」で付き合いもあったから、最初に助成金を受けた時、まず真っ先に僕達がアプローチしたのはクリスだったんだ、「僕達に出資してくれるっていう物好きな人達がいるんだけど、1本作らない?」みたいな。それで彼も承諾してくれたんだけど、その最初の映画、「My Wrongs 8245–8249 & 117」に、彼はパディ・コンシディーン(※英国人俳優。「Deadman’s Shoes」他。アークティック・モンキーズのヴィデオにも出演)を引っ張ってきてね。パディはシェーンの一番の親友だから、その時の経験を彼(シェーン)に話して、一緒にやるにはいい連中だから、お前もやってみたら?ってことになって。そこからなんだ、コネクションが生まれたのは。
――そうだったんですね。で、さっきもおっしゃってましたが、今のイギリスにおいて映画制作はインディ・クリエイターにとって音楽以上にはるかに資金調達・配給の面でタフ~大手スタジオじゃないと厳しい状況だと思うんです。どうでしょう、比較的若いワープ・フィルムスのこれまでの活動は、英映画界に影響を与えてきたと思いますか。
んー・・・だと思うよ。というのも、僕達のやってること、ワープ・フィルムスにはいまやミニ・スタジオ的な雰囲気が生まれつつあるというかな、もうこれまでに7、8本作ってきたし、(ワープ映画という)ひとつのジャンル、みたいなものが出てきていると思う。その大半は商業的にも成功しているけど、英国産映画の多くは、必ずしもサクセス・ストーリーばかりではないからね。だから、うん、人々は、ワープのやり方はイギリスで映画を作る時のひとつの道、もっとより良いやり方だ、という風に捉えるようになっているんじゃないか?と。というのも、映画制作には多くの人間が関与するし、その数が多ければ多いほど・・・それこそ、プロダクションの最初の段階から配給者が口を挟んできて、「この企画は無理、作るに及ばない」みたいなことを言ってくるわけでね。だから、うん、僕達のやり方は、確実に「新たな(映画作りの)モデル」という風に見られていると思う。
――ちなみに、ヴィンセント・ギャロが映画を作りたいと言ってきたら、投資しますか?
僕が?・・・うん!っていうか、何週間か前に、実際彼も映画についてこっちに話を持ってきたんだよ。
――そうなんですか(笑)。色んな意味で危ない人物ですから、気をつけてくださいね!もちろん、素晴らしい作家ですけども。
(笑)そうだよね。「バッファロー66」は本当に素晴らしかったから!でも・・・そうだな、それがなんであれ、ヴィンセントに対してお金を使うのはトリッキーな行為になるってことで(苦笑)!
――確かに。ワープは、先ほども言ったようにいまや数少ないアイコニックなUKレーベルだと思っています。それは、わたしがポスト・パンク期UKレーベル、たとえばラフ・トレード、ファクトリー、4ADといったレーベルを「あるべき姿」として考えているからかもしれないですし、ちょっとオールドスクールな考え方なのかもしれませんが・・・
いや、ラフ・トレードは素晴らしいレーベルだったよ!
――はい(笑)。で、彼らの素晴らしさはレーベルのカラー、それに見合う音楽、そしてそれを取り巻くコミュニティを生み出していたからだと思うんです。そういう「ホール・パッケージ」の感覚は、年々他のインディ・レーベルからは薄れている気がするのですが、ワープはその美学を保っています。で、そんなワープと所属アクトとの関係を、あなたはどう表現しますか?パトロンと芸術家?保護者と子供?ビジネス・パートナー?
・・・そこに「セラピストと患者」ってのも加わるね!(笑)
――(爆笑)それはやばいっすね。
(笑)まあ・・・そうだね、うん、ファミリーみたいなものなんだよ。大きな家族、そんな感じ。ほんと、そうだな。だから、時に激しい言い合いもするし、緊張も生まれる。気難しい連中もいれば、一方でいつも楽しげな連中もいて・・・でも、だからってそれは本当の肉親みたいな関係、という意味ではなく、むしろ博物館の館長:キュレーターみたいな立場で、そのアーティストを育てていくのにもっとも必要なのは何か、そこを見極めていく、という。アーティストにサポートが必要だったら一歩踏み込みもするし、逆に、彼らがスペースを欲しがっていたら、一歩後ろに下がって空間を与えてあげる、と。そうやって、そうだね・・・うん、誰かとダンスしているようなものなんだ。
――ファミリーであり、また「育てる」意識という意味では、ワープの方針はむしろ昔ながらのA&Rのあり方、長期的な展望に立ってアーティストを育てる、という考え方に近いのかもしれないですね?たとえば60年代なんかは、メジャー・レーベルであっても、何枚もレコードを出す中で、そのアーティストの成長を見守っていったわけで。
そうかもしれない。でも、あの当時のA&Rというのはポップ・レコードを作っていたわけで、すなわち彼らはヒット・メイカーでもある以上、アーティストや曲に対してコメントや注文をもっとつけただろうし、プロデューサーを連れてくる、といったプロダクション構造にまで力を傾けていたと思うんだ。それに対して僕達は・・・僕達の関っているミュージシャンというのは、その多くがソングライターではなくコンポーザーだから、彼らがやっていること、クリエイトしているものに対して、こちら側がダイレクトに関与するってことはあまりないんだよ。だから、そうしたクリエイティヴィティを育む人達を彼らのために見つけてあげる、ということかな。
――そうやって一種の放し飼い状態で、不安になることはありませんか?たとえばワープのアクトは、メジャー所属アクトのように「2年ごとに新作」とコントロールされることもなく、作品ができたらその都度リリース、みたいな感じじゃないですか。そうなると、いったいいつ次の作品は完成する?このアーティストはいったいどうなってる?なんて不安も感じると思うのですが。
ああ、それは確かに怖い話だな・・・でもまあ、もう慣れっこになったから不安はないっていう!(苦笑)でも、そうだね、たとえば自分達にはエイフェックス・ツインの作品1枚しか頼みの綱がない、なんて状態だったら、それは間違いなく恐ろしいことだと思うよ。ただ、僕達はそうならないように、色んなアーティストと仕事して多様性を持たせているし、他に30くらいアーティストを抱えているからアルバムも次々に出せて、だからこそエイフェックス作品みたいにビッグなアルバムを待ち続けることも可能だ、というね。うん、いつか届くと思うよ・・・ただ、(エイフェックスの)音源を待ち侘びて、不安のあまり夜中に突然目が醒める、なんてことはないから(笑)。
――でも、そのエイフェックスにしても、また別種の恐れはあるんじゃないですか?たとえば、彼の新作がやっと完成したものの、あなたが好きになれない作品だったら?という不安はありませんか。
なるほどね・・・(ちょっと考え込む)。
――というのも、エイフェックスみたいなアーティストに対しては、音楽ファンからの「画期的ですごいものを」という期待感も相当大きいわけですし。
その通りだよね。でも・・・
――要するに、彼の次の作品がコケたらどうします?と。
・・・・・・そしたら、彼に電話して、「今回はコケた」って言うよ(苦笑)。
――はははっ!
それしかないからさ(笑)。
――でも、彼の作品なら何であれリリースする、と。
んー、でもそれは内容によるよ。というのも、これまでにも彼の作品で、僕達が出さないことに決めたものもあったから。
――そうなんですね。
でも・・・そうだな、これまでの彼の作品の中にも、僕個人としてはそこまでのめり込めない、そういう曲は、どのアルバムにも入っていたんだよ。ただ、トータルとして聴いてみてNG、そういう作品だったら僕はきっと出さないだろうね。でも、僕は彼の音楽が本当に好きだから、トータルで聴いてみて好きじゃない、なんて作品は、ある意味あり得ないんだな。
――あなたにとって、バンドやアーティストと契約する際の決め手は、では音楽、と。
うん。
――その作り手のキャラクター、人となりはいかがですか?
ああ、キャラクターも大事だね。
――たとえば、非常にいけすかない人間で、でも作ってる音楽は最高、そういう人間とでも契約しますか?
もしも、人としては実に不快で鼻持ちならない人間で、でもそれが彼らの本当のあり方で、そんな自らの困った人格を作る音楽の中にもきっちり表現している、というのなら、僕も気に入ると思う。でも、もしもそれがうわべだけの不快さであって、実際の本人とは違う何かのフリをするためのフェイクなら、そんなの一発で分かるからね。そんなものには、興味なんて持てないよ。僕に興味があるのは、本物のアーティストであり、彼らのキャリアが持つヴィジョン、そしてアーティストとしての息の長さがすぐに分かる、そういう人達だから。
――でも、あなたはこれまで相当多くのエキセントリックなアーティストと会ってきたんじゃないですか?
そりゃもちろん!うちのレーベルのアクトのほとんどは、エキセントリックだよ。
――ははは!
でも、アーティストというのはそもそもエキセントリックな生き物だからね。それが当たり前の話だし、ある意味、エキセントリックでいるのは彼らの生業なんだよ。たとえば、もしもその人間が、すごくやり手のビジネスマンで、ファイロファックスか何かを片手に動いてる・・・なんてタイプだったら、その人間の作ってくる音楽はきっと相当に退屈だろうし、誰の耳も驚かせることはできないだろうね。だから、アーティストというのは世界を他の人間とは異なる目で見なくてはいけないし、そうやって違う視点から見た世界を、何であれ、彼らが選び取ったアート・フォームを通じて翻訳・表現しなければならない。だから、そうだね、一般的な尺度で考えれば、それはエキセントリックってことになるのかもしれないけど、それは何も本当に「ヘン」というものではなく、要するに世界の異なる見方、ということなんだよ。

Atlas--Battles

――ここ数年ワープは一種のルネッサンスを迎えているというか、たとえばバトルスを象徴とする新世代バンドを送り出しています。また、ネット時代になって人々の音楽に対する興味も多様化して、これまであまり聴かれなかった・発見されにくかったアンダーグラウンド音楽も注目を浴びることになって、ワープのようなレーベルにとってはポジティヴな時代だ、と思うんです。そうやってもっとメインストリームに受け入れられること、その点について違和感はありますか?
それはないね。全然OKだよー!(笑)
――(笑)いや、ワープには常に一種の「隠れた至宝」、秘教的な面があって・・・
でも、それは別に意図したわけじゃないからさ!(笑)たぶん、マーケティングのやり方がまずかったんだよ(苦笑)。
――ただ、ワープというレーベルは極めてモダンな現代音楽をリリースしているわけで、そうである以上新しい価値観の提示がアイデンティティでもあります。「新しいもの」というのは、即座には理解されにくくもあって。
うん、それは分かっている。だから、ワープが出す音楽というのは、やっぱり僕個人が好きな音楽なんだけども、でも、その音楽に可能な限り多くの人々にリーチしてもらいたいんだよ。もちろん、僕の好きな類いの音楽というのは、大衆のある程度の部分、一部にしか愛されないものだってのは承知しているし、人々はもっとポップで分かりやすい、メインストリームな音楽の方が好き、という点は自覚しているんだ。ただ、その点は受け入れるとしても、できるだけ多くの人にこの音楽を届けたい、その思いはあるからね。
――分かりました。来年の展望はいかがでしょう?新たなるディケイドのスタートになるわけですが。
そうだなぁ、やっぱり次にリリースする作品のことを考えているよ。来年は新しい作品が多くてね、ガンジャ・スーフィという新人、ポートランドのナイス・ナイス、そしてこの間契約したばかりのハンドレッズ・イン・ザ・ハンズというブルックリンのバンドも出すし、ディトロピックという新人もいる。それだけでも、1、2年のプランだからね。
――「ワープ5年計画」はなし、と。
長期的な、本当に長期的なプランはあるけれども、今の時点で考えるのは、これから出す新作、それだけだね。それに、今は物事の変化のスピードが本当に速いから、5年計画なんて立てても、結局はそのプランを放棄するってことにならざるを得ないんじゃないかな?計画を立てたって、それがすぐに古くなってしまう、という。
――常に前を見ているわけですね。そんなところに古い話で恐縮ですが、最後にもうひとつ。さっき、オフィスの受付に飾ってあったオウテカの「Amber」オリジナル・アナログを見てふと感じたんですが、90年代のワープ・クラシック、その「Amber」やブラック・ドッグ・プロダクションズって、今、たぶんアナログでは廃盤ですよね?
うん、アナログでは出てないね。
――あれらをシリーズ的に、一種のカプセル・コレクションみたいな形でアナログ再発する意向は?
ああ、実はそれは僕達も検討しているところなんだ、クラシックなワープ作品のアナログをね。というのも、ヴァイナルというのはリリースしてからすぐ需要が落ちるもので、たとえ欲しがってる人間が多いように思えても、実際に買う人間の数は限られているんだよ。だから、リリースから数ヶ月したら再プレスはやめてしまうんだけど、今君が言ったような作品、たとえば「Amber」なんかは、リマスターして「クラシック・アルバム」として再発するってのはありかもしれないね。それとか、ワープ初期の12インチなんかも。
――期待してます。どうもありがとうございました!

ワープ公式サイトはこちら
エレクトラグライド公式サイトはこちら

Topics

,

2009/11

M T W T F S S
01
02 03 04 05 06 07 08
09 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

Archive

2010

03/02

2009

11/05/02/01

2008

12/11/08/06/05/04/03

2007

09/08

RSS Feed

Topics