昨日に引き続き最終日も同時間帯でレッド・マーキーにはせ参じたかったので、11時過ぎにホテルから出発。このホテルには他にもたくさんフジ・ロッカーズが泊まっていたのだが、我々の車は毎日ドンケツで駐車場に残っているクチで(笑)、皆朝から出発、すげえ元気だなあと感動する。恐らく1日券の売り上げも最高だったのだろうし、「この日だけ行きますっ」という知人も結構多かった日曜日=最後の盛り上がりに向けて、Yeasayerからキック・オフだいっ!
・・・と意気込んで、昼下がりの太陽に照らされ蒸しているマーキー内に入ると、若干開始が遅れていて肩透かし。しかしお客の密度・期待感は半端なくて、登場を促す手拍子が起きるほどだ。「日本でもこんなに人気あったんだー?」とびっくりしつつ、セカンド「ODD BLOOD」の良さは、世界各国でディグされているのね、と得心。と同時に、基本「オシャレでクール」なイメージがあるブルックリンのバンドの中で、①汗臭くマッチョ、あるいは②ゲイっぽい・・・と、どっちに転んでも、まあネガにとられがちなタンクトップ姿がデフォルトってのも、この人達くらいだろうな~と笑ってしまった。
先日のLOVEBOX同様、バンドのノリは実に前向き&勢いに満ちていて、夏!なシチュエーションにぴったりな「Wait For The Summer」でエンジンがかかり出す。リアクションがすこぶる良いのはやはりセカンド曲で、「Madder Red」のエピックでアンビエントな泣きメロ(超ベタだけど、そこがいいのっ!)にスウィングし、「Mondegreen」のパーカッシヴ&オブセッシヴなグルーヴ(=現代のフリートウッド・マック「Tusk」ですな)に揺れるオーディエンスを受けて、バンドもほぐれ、思い切りヒート・アップしていく。パーカッション隊の頑張りが、とにかく今の彼らの機動力だと思う。また、昨日のダーティ・プロジェクターズでも感じたけど、レッド・マーキーの密度が濃くインティメイト、かつノリのいいオーディエンス(すぐに手拍子も起きて、サポート)が集まる空間性って、パフォーマーに独特な心理を植えつけるのかもしれない。
そこからは、キッチュなシンセ・イントロの一閃で沸いた「O.N.E.」のダサ素敵でムズ痒くも快感なビート、きらめくシンセ・サウンドとクネクネしたビート~ジャストにキック・インするビートにどうしようもなく笑顔が浮かんでしまった「Ambling Alp」と、「踊れて目いっぱいシンガロングできる」現イェーセイヤーの魅力をぎっちり凝縮した、見事なフィナーレ。以前も書いたが、このバンドのファーストの頃のライヴはまだ自信に欠けていてステージ・プレゼンスも中途半端だったのだが(クリスを除き、メンバー全員おとなしくて、曲のダイナミズムにそぐわなかった)、成長を重ねたこのタイミングで日本上陸は正解だったのだろうし、フジの熱気に当てられ、バンドもとても嬉しそうだった。ともあれ、今フジで、自分としては一番無条件に楽しめて踊れたアクトでありました。
さてさて、Vampire Weekendまで特に観たいアクトはいなかったので、木道亭側のボードウォークをのんびり歩いていたら、知人に遭遇!とても久しぶりだったので嬉しさ満開、近況報告を交わしつつ(記念撮影もしたよ~)、フィールド・オブ・ヘヴンで東京地ビールを奢ることにする。元気そう、というかまったく変わっていなくて良かった&あの人数の中でばったり出くわすなんて、素敵な偶然だなと思った。
そうこうするうちに、この日東京から「トム・ヨークのために」やって来た友人がサイトに到着したので合流。「毎日夕方には雨が降ってるから、雨具。長靴は持ってこい」等々こうるさく指令を発していたのだが、彼女達が到着した頃は蒸し暑い夏の曇り程度で、荷物が無駄になったら申し訳ない気分である。集客も良く盛り上がっているOzmatliを聴きながら、しばし歓談と相成った・・・が、遅れるわけにはいかないので、友人を残し、3時頃にはグリーンに向けて出発。
ある意味、ステージが始まる前から既に「すごいライヴ」になることが確定していた本命アクト=MuseあるいはAtoms For Peaceとは異なり、Vampire Weekend@グリーン・ステージのインパクトというのは、ダーク・ホースの勢いに虚を突かれた、というのに近かったと思う。曲がりなりにも最新作は全米ナンバー・ワンを記録したバンドだし、フジ・ロッカーズの多くも認知していたに違いないが、実物を観るのはこれが初、という人も結構いたんじゃないだろうか?最新シングル「Holiday」で軽快にスタートという展開も、フェスという「休暇」を満喫する場の空気を更にリフト・アップしてみせて、んー、なんとも憎いっす。
そこから「White Sky」という現行ツアーの流れに戻り、ぽんぽんバウンスするビート、高音でキラキラ紡がれるギター、うららかなメロディ・・・と、たぶん今フジのグリーン・ステージで初めて?感じるくらいシャープでクリア、選び抜かれた音に乗ってPOPの風船がカラフルに空に解き放たれていった。爆音のPA、お腹に響くサブ・ベース、ヘヴィにビルド・アップされていくジャム。そういうROCKな快感も無論大好きだし、それはそれフェスに欠かせないスペクタクルではあるけれど、そればっかだとぶっちゃけ胃にもたれる。エズラがお得意のプレッピーな半ズボン姿――エドウィン・コリンズの頃から、半ズボンは「アンチ・ロック」のシンボルではないかと思ってます(アンガス・ヤングの例外もあるけど)――でさらっと登場してみせたように、ヴァンパイア・ウィークエンドのどこまでも軽やかでプレイフルかつカジュアルな、しかし完璧なバランスで遂行されたポップ・ミュージックの美は、たとえばデカく重いだけでなまくらなロック刀より1000倍効果的にグリーンのフィールドを射抜いていったと思う。
まあ、人によってはそれが「スカしてる」と映るのかもしれないけど、彼らのスマートさって、たとえばラルフ・ローレンに象徴されるアメリカン・トラッド~アイヴィー・リーグの美的感覚と似ていると思う。過剰を配した、控えめなメンタリティ。品の良さと質の良さがポイント。ヨーロピアンのトラッドとはまた異なる、アメリカの合理性が混じったモダンな洗練(イギリスのそれは、クリケットだのボート遊びといった古臭いオックスブリッジなイメージが浮かんできて、どうもグッとこない)。一歩間違うとスノッブかつ基本的にエリート主義な世界観なんで、別に自分がその一員になりたい/なれるとは思わないが、「素敵★」とファンタジーを投影する分には格好の相手だと思う。そういや今年のメンズ秋冬ファッションも、ダッフル・コートだのケーブル編みのニットだの、ヴァンパイア・ウィークエンドの世界観そのままのコンサバ&ネオ・プレッピーが大人気だ。なんというか、世界がますます訳の分からなくなっている状況で、彼らみたいに「きちんと」したバンドが愛されるのは、なんだか分かる気がする。
Giving Up The Gun--Vampire Weekend
ともあれ、そのスマートなやり口が、目うろこものの新鮮な快感をオーディエンスの心に焼き付けたのは言うまでもない(実際、オーディエンスの中に立っていて、周囲に「わー、このバンド、(ちゃらいと思ってたら)すごいじゃん!」な興奮の波がドミノ倒しのように広がっていくのが、肌で感じられたくらいだった)。耳に残るリフ、絶妙なフックの利かせ方、アレンジの洗練と、このバンドの優れたソングライティングが広大なフェス空間にあっても霧散しないしっかりしたものであるのはもちろん、今の彼らのプレイはエッジとバイト(噛み付き)に満ちている。
ファースト以降、ほぼノンストップでツアーしてきたのも大きいだろうが、Wクリスのリズム隊がアグレッシヴに突貫する中、エズラとロスタムが息の合ったフィルをブレイクにシュパシュパ決めていく様はめっちゃ気持ちよし!「California English」、「Cousins」、「A-Punk」といったアップ・テンポでチアフルなトラックがドライヴィンに冴えまくりだったのはもちろんだけど、「M79」、「One」、「Mansard~」といったファースト曲の凝った構成にメリハリが加わっていて、そこもナイス。ギター・バンド色の若干濃いファースト寄りだったノリのいいセット・リストも、フェス客の短いアテンションを維持するのに役立っていたと思う。筆者のハイライトは、むしろ「Giving Up The Gun」あるいは「Horchata」といったセカンド曲の包容力としなやかなグルーヴのデザインだったけど、ラストの定番:「Walcott」のキーボード・リフが炸裂する頃には、もう完全に心がトばされてました・・・それは、あの曲の放つ「冒険への誘い」というエモーションに(毎回)何かを掻き立てられてしまう、という点もあったと思う。でもそれ以上に、彼らがグリーン・ステージの大舞台で、初期から何一つエッセンスを変えることなく、ポップ・ミュージックの美で群集納得させてしまった、その場面に立ち会えた興奮が大きかったと思う。たぶん、今フジでぐっと男(バンド?)を上げたのが、彼らだろう。
先に書いた友人は、終演直後に「ベースの人の踊りが良かった!」と絶賛の携帯メールを送ってきたけど、顔は地味でも(失礼!)、踊りの上手い男の子ってのはやはり女子にもてるものです。でも、確かにクリスの最近の動きは派手さを増している・・・というか、明らかに意識してやってるよね、あれ。でも、そういう遊び心/余裕が好きだ。自分としては、エズラの「先生ぶり」がポイント高し。この人はいつもそうなんだけど、曲の説明をいちいち丁寧にやるところとか、「次の曲はコール&レスポンスが定番なんで、練習しよう!」みたいにシンガロングを引っ張るところとか、やはり笑える。そして、日本のオーディエンスというのはなんとなく「先生型」に弱かったりもするらしい――その思いは、この日、後になって再び蘇ることになった。
Buffalo Daughterも観たかったが、ホワイトに抜けてFoalsをしばし観戦。昔からライヴのいいバンドだったが、ヤニスの歌を始め、性急なギター・バトル~ニューロティックな味だけではなくじっくり聴かせるプレイも板についていて、雑音なしに「美しい」と胸を射る音が増えた点に成長を感じた。閉じてない。人ごみもかなりのもので、そのままLCDに流れたお客も多かったのかも?しかし、うっかり踊っていて抜け出せなくなると困るので、そこそこで切り上げてグリーンに移動。Atoms For Peaceために観やすい場所を確保!というのもあったが、急激に眠気が襲ってきたのでしばらく横になって小休止。小雨もたまに降っていたが、眠ければどこでも眠れる・・・ちょうどこの休憩時にプレイしていたBoom Boom Satellitesがものすご~く、マジにやたら音がでかかったのだが(スピーカーの出音という意味では、海外アクトを凌いでいたかも?)、それでもグーグー寝ていたんだから、我ながら神経は太くできている。
はっと気づくと、青い夕闇に伴い、それまで空きの多かったスペースも人で埋まっていて、AFPの登場間近だった。というか、前から後方の林まで、見渡す限りどこも人・人・人。今フジで、最大の集客だったと思う。電灯が交錯したような例のセットも準備完了、固唾を呑んでオーディエンスが待ち構える中、ジャストなタイミングでバンドが登場。目前の光景が信じられないというか、「本当に始まっちゃうよ!」という一種のパニックも混じった、喜びと興奮、期待と動揺の入り混じった、独特な空気が印象的だ。しかも、トム・ヨークはヘッドバンドにタンク・トップ!今回、日本に着いた朝に成田で彼を偶然目撃していて(同じ便か、あるいは同時刻の英発便)、ぼさぼさした髪が暑そうで可哀想に見えたものだったが、猛暑対策の結果がこれだったようですね。が、鍛えられた筋肉質の腕の美しさも含め、赤の、しかもメッシュ素材のタンク・トップで現れたフリーの方が、やはり着こなしでは一枚上手。イギリス人ロッカー、スポーツ系ルックは永遠にサマにならないのかも・・・。
んな駄話は置いといて、ライヴは最高だった。コーチェラの時よりもバンドの演奏は更にタイトで密度の濃いものになっていて、リズム隊のパーカッシヴなアタックとフリーのしなやかなバネが闇の中で絡み合う様はセクシーそのもの、トムの本能的で放埓~シャーマニックなヴォーカルも、その有機的なマトリックスの中で黒い魚のように活き活きと跳ね、泳ぐ。「The Eraser」終盤を飾る戦闘的なジャムが飛び出す頃には、オーディエンスも「The Eraser」というアルバムが醸すシュールな夢(悪夢?)のポケットの中にすっぽり包まれた感じだ。その後のセットの展開は皆知っているわけだが、アルバム音源の何十倍もブーストされた立体的な音の包囲網は、耳を圧倒する。
全体的に青・紫等で暗め~背後から照らすタイプの照明もそうだったけど、目を凝らさないとステージ上で何が起きているか把握しにくい――モニター・スクリーンはあったけど、フリーの動きが敏速&予測不可能すぎる(?)のか、トムとフリーのツー・ショットの絵がなかなか実現しないのはもどかしい――そのぶん音と波動を身体で味わう形にもなって、視覚以外の感覚を直接刺激される。筆者も途中からはロクにステージを観ることなく、グルーヴの只中でひたすら踊りまくっていた。「Harrowdown Hill」の最高なグルーヴなど、フリーク・アウトしてなんぼ、だろう。
逆に言えば、ロック・フェス的な派手な盛り上がり~あるいはシンガロング系の一体感には欠けるステージだったのかもしれない。アンコールで披露されたレディオヘッド曲にしても、コーチェラではベタに「Airbag」「Everything Is~」だったので反応がものすごかったのに対し、「Videotape」など地味め(もっとも、このパフォーマンスは鳥肌モノの美しさだったけど)。が、バンドの存在意義も演目もシンプルなこのユニットは、限られた回数(実情は知らないが、次にAFPが実現する予定は未定だろう)の中でライヴ・ケミストリーを最大値にまで伸ばすという、一種の実験でもあると思う。その真剣勝負な実験に立会い、一流のミュージシャンによるすっさまじいジャム・バトルの現出を体験できたのは、単純にいち音楽ファンとして、幸せである。
レッドではAir、ホワイトではIan Brownが始まっていたが、そのまま居残ってMassive Attackの冒頭を観る。AFPの後という、実にやりにくいポジションをどう見せてくれるのか、そこも興味深かった。しかし、彼ららしからぬギター・ロックで激しいアンサンブルの咆哮が1曲目から襲ってきて、まるで・・・AFPの続きを観ているような錯覚に陥る。しかもかっこいい。マッシヴらしい重々しさ・ムーディさを予期していたので、これは意外な喜びである。が、徐々に通常のマッシヴ・モードが戻ってきて、ホレス・アンディ、マルティナらが次々ステージに現れる様を見ているうちに、だんだん「これって裏ゴリラズかも?」という妙な感慨が浮かんできた。
デーモン・アルバーンとマッシヴとの交流~シンクロは近年深まっているし、別に驚くに値しない話なのかもしれない。しかし、90年代には接点のないように見えた近い世代の面々が、こうして歳月と成長を重ねた結果、音楽曲線が近づいてきたのは興味深い。トム・ヨーク、ロバート・デル・ナジャ、デーモン・アルバーン――仮にこの三人がフジで一堂に会していたとしたら、相当にニューロティックでパラノイアでナーヴァスな、イギリス人(40代)男性の「今」を感じられたかもしれない。
しかし「Teardrop」まで聴いて、筆者はそうした「英国中流知識層の罪悪感」に対して免疫があるスコティッシュ・ファイネスト=Belle And Sebastianに移動。彼らが現代の諸相にノータッチ、と言うつもりはないが、いまだしがみついている「大国」のプライドで義務や責任に苛まれて自己矛盾に陥りがちなイギリス人とは、立ち位置が違う。
彼らを観るのは久しぶりだったが、優れたパフォーマンス集団であるのは先刻承知、ロック・バンドというよりはジャズのビッグ・バンドを思わせる、ふくよかなでスウィングに満ちたアンサンブルの妙が最高!だが、そこに、今回は若い日本人のミニ・オケ・チームがストリングス他で特別参加。スマートなファン・サービスだし、そこここに存在するローカルな才能と闊達に交信・交流しようとする、B&Sらしいオープンなスタンスである。その開かれたステージ――ホワイトのフィールドにいた誰もが、傍観者ではなくこの場の参加者という思いを抱ける、そんなあたたかさに満ちていた――を司るのは、出ました!元祖「先生キャラ」なスチュアート・マードック。
ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラがまだ新任の理数系の教師とすれば、この人はさしずめベテランで慕われている体育教師。大所帯のメンバーを中央から、時に後方のキーボードをプレイしながら仕切りつつ、相変わらずストイック&スリムな体躯から得意のダンスを繰り出す楽しげな様は、小さな幸せを胸に沸き立てていく。集まってくる蚊だの虫にいちいち反応していたが、ステージ上のモニター・スピーカーの上にいたカブト虫がずっと気になっていたらしく、しまいに手のひらに載せて「このカブト虫、きっとベル&セバスチャンのファンなんだよ。ほら、こんなに大きい!」とビデオ・カメラに向けて観客に見せようとする(でも、このカメラはワイドに設定されていたのだろう、クローズ・アップは映らなかった)ところとか、林間学校なノリというか(笑)、ほんとチャーミング。それを受けて、ビートルズの「Ticket To Ride」をさらっとプレイするスティーヴィー・ジャクソンの茶目っ気も最高。
I'm A Cuckoo--Belle and Sebastian
しかし意外だったのが、もっと近年の楽曲をプレイするのかなと思っていたら、そうした楽曲はシングルに絞り、00年代前の名曲――「Like Dylan In The Movies」、「If You’re Feeling~」、「Arab Strap」、「Sleep The Clock Around」などもばっちりフィーチャーされていた点。今のアンサンブルでプレイされる新鮮さはこれら(今や古典的な)美しいメロディに新たな息吹を添えていたし、オーディエンスの中から男女ファン4人を引っ張り上げ、ほのぼのダンス大会に突入した「Arab Strap」は、観ていてついもらい泣きしてしまったほどキュートだった。マードック先生とダンスなんて、あの子達の、一生残る素晴らしい思い出だろうな。いい歳こいて我ながら笑ってしまうが、ボーイ・ミーツ・ガールとそこから始まるもろもろ、その胸を締め付けられる痛みや喜びの吐息を、こんなに見事に真空パックしている音楽もなかなかないと思う。もしかしたら、彼らの音楽を聴いて心の中になんの波風も立たなくなるようになったら、その人の青春――実際の青春期だけではなく、メンタル面での青春――は終わっているのかもしれない。
同時に「Dirty Dream #2」とか「Century of Fakers」も聴きたい!と贅沢な欲望がムクムクと頭をもたげたが、ミルク・ティーのようにほろ苦く、しかし心に穏やかにしみるスチュアートの美声が凛と響いた「Get Me Away From Here,I’m Dying」でその思いはある程度収まった&刺さってくる歌詞に、不覚にも再び号泣。しかしアンコールで「Judy And The Dream of~」がプレイされ、もう顔はぐっしゃぐしゃである。しかし、やはり!(助かった!)という感じでオーラスは「Legal Man」の賑やかでグルーヴィ、キッチュ&ハッピーなビートで幕切れと相成った。このバンドに関しては、熱狂的ファンの献身がすごいのでたまに近づきがたい思いを抱くことすらあるのだけど、そうした面も受け止めつつ、音楽集団としてはとても大人な人達であり、聴かせる。12月のAll Tomorrow's Parties(=ベルセバ主催:Bowlie Weekenderのリヴァイヴァル)にも一気に「行きたい」度が増してしまうほどだったけど、既にゴッドスピード回に行くことに決めていたので諦めた。ちなみに、そのベルセバ回で筆者が一番悶絶させられた「Galaxie 500 by Dean Wareham」は、無事ロンドンでの単独公演が決定しました~っ!
柄にもなく心洗われてみずみずしい気分になったところで、アレクシス(Hot Chip)、ジェイムス・マーフィーのDJタッグ・フロムDFAも無視して、同行知人とやっと合流してScissor Sisters。ベルセバの清らかな美から一気に汚れる感じ(笑)だけど、それもまた一種の快感である。ポップ好きは、かようにいい加減な生き物なのだ。シザーズのショウはちょっと前にロンドンでも観せてもらっていたのだが、フジのスペシャル・ゲスト枠をどこまで盛り上げてくれるか?との期待にみごと応える、コテコテのエンタメぶり。演出という意味では、ロンドン公演で登場した回り舞台(コーラス隊の前に置いてあって、ポルノ・ショウのノリでジェイクたんが四つんばいで回転したりする姿に、ゲイ・ピーポーがウルウル感涙)がなかったり、モニター・スクリーン映像がなぜか白黒だったり(アーティな雰囲気を狙ったのかもしれないが、アナ姐のゴス顔と真紅の口紅がもったいない!)、若干の不満はあったんだけど、今の彼らにみなぎる、ある種捨て身な芸人根性――日本では「ときめきダンシン」が有名なんだろうけど、その曲を収めたセカンド「TaDa!」がトータルではコケた彼らにしては、マジに「Night Work」は正念場作だと思う――フェスという窯に最後まで残った火を煽り、叩き起こす勢い。「Take Your Mama」で退却を開始したので、その麗しい咽喉をばっちり堪能するまでには至らなかったものの、ジェイクはあっという間に脱いで矯正を誘うし、対するアナのビッチな女王様MCも冴えていて、ニューヨークからやって来た、このミュータント・バンドの骨頂はしっかり伝わったと思う。
にしても、去年のベースメントといいこのシザーズといい、クラブ~ゲイ系のアクトというのはやはりカーニバル的に盛り上げるのが上手い。この「半ば強引な勢い」というのはフェス最終日の疲れた身体を動かすのにいいカンフルなんで、来年はMIKA、あるいはレディ・ガガなんかがいいかな・・・なーんて、勝手に希望。ぽつぽつ退き始めた観客の波に乗り、勢いを増す一方の雨の中、木立を縫って出口へ向かう。今年もありがとう、フジ。その思いと共に、サイトを後にした。
外伝:翌日東京に戻る途中で、群馬のサーヴィス・エリアで休憩兼朝食。さすがにフジ・ロッカーズが多く、朝市ショップもソフトクリーム売り場も、ラーメンの食券販売機もすごい行列じゃのう・・・と思っていたら、うわっ!イアン・ブラウンがうろうろしているところに遭遇。ラーメンが食べたい、というよりも、トイレでも探していて迷った風情だったが、小柄な人だけに、ジャージ姿で日本のラーメン屋に配置しても、なんの違和感もないのはある意味すごい(まあ、この人はたぶん、ニューヨークにいてもジャマイカにいても、ニュー・デリーにいても「イアン・ブラウン」なんだと思うけど)。しかも、客のほとんどはイアンの存在に気づいてない様子。なんで、気づかないフリしておこうかなあと思ったけど、やっぱり我慢できずに軽く声をかけると、あの人懐っこい笑顔と共に「ハイ!」と返してくれて嬉しかった。思わぬ、しかしナイス!なフジ・エピローグになりました。
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