ボルティモアを拠点にする男女デュオ:ビーチ・ハウス。最新サードにして傑作「Teen Dream」発表直後のタイミングで行われた本ギグは、持ち前のドリーム・ポップに更なる磨きをかけ、新たなるエモーションのエッジを刻むと同時に深みも獲得した彼らのユニットとしての好調ぶりを伝えて余りある、素晴らしい内容だった。
アレックス・スカリー(ギター)、ヴィクトリア・ルグラン(ヴォーカル/キーボード)のコア・メンバーにドラムスが加わっての3人編成~横一列に並んでのステージングは、バンドの背後にスタンドが数本立つだけのシンプルな構成。このスタンドにそれぞれ白いファーの布がかけられていて、遠目には白いクリスマス・ツリーを前に並んだ人形のようで幻想的だ。アンティークの宝飾品やおもちゃの指環、パールなど、ビーチ・ハウスの前2作のアート・ワークにフィーチャーされていた、懐かしくもロマンチックなイメージ――留守番中の昼下がり、母親の宝箱や化粧台の引き出しをこっそり開けて、口紅やトルコ石、真珠のイヤリングに見入る子供を思わせる――にも相通じるものがある。
「Teen Dream」収録曲が8割を占めたセット・リストは、「Walk In The Park」からスタート。プログラム・ビートにすら聞こえるメカニカルなリズム、キーボードは淡々とコードを反復・・・と、メトロノームの針を眺めるようにヒプノティックなスウィングで場内がゆったり洗われていく。そのグルーヴに句読点を打つのは、ヴィクトリアの痛みに満ちた歌声のセンシュアルな隆起とアレックスのどこまでもエレガントな流線型のリヴァーブ・ギター。固いものや角ばったものが一切ない、銀粉に溶けていく時間の始まりにオーディエンスも軽くため息をついている。
Heart of Chambers--Beach House
80年代調のキャッチーなキーボード・サウンドがきらめく「Lover of Mine」に続き、セカンド収録の名曲「Gila」。アレックスのギター・ソロが冒頭から冴えるこの曲は、パイプ・オルガンを思わせる深遠なキーボードの響きとヴィクトリアの抑えても滲み出す、嗚咽に近い歌唱が強く胸を打つ。声域が広いとか、声がよく通る・・・というテクニカルな意味で言えば必ずしも「上手い」シンガーではないと思うけど、中性的で超然としたアルト~メゾ・ソプラノ――たぶん、子供の頃の彼女は学芸会でお姫様役ではなく魔女役を割り当てられたタイプだと思う――とフレージングが醸すやるせなさは、シロップのように甘くファジィなバッキング・サウンドと絶妙なコントラスト。レモン・シャーベットにウォッカを垂らして食べる時のように、冷たさと甘さ、苦さと痺れるような酔いが入り混じる音だ。
しかし、ビーチ・ハウスのユニークさはメランコリックとかドリーミィといった形容を寄せられる音楽に付きまといがちな、自己陶酔のくさみや閉塞感がなくどこかサバサバしたところ。シングル曲ということで一際反応も良かった「Norway」は「ハッハッハー」のコーラスもナイス&低音を強調したグルーヴィなトラックということもあり、全身で覆いかぶさるようにキーボードをアタックするヴィクトリアもノリノリだったし、椅子から立ち上がったアレックスも力強いリフを打ち出していく。つられて、前列の客の中には「Nor-waaa-aa--yy」のビッグなサビ・コーラスに踊り出す人もいたくらいだ。2年前に初めて観た時は、基本的にダークでシリアスな曲の情感にバンド側も流されているように感じたし、その分聴き手も受け身になりがちだった。しかし、ほの暗さや悲しみの中にあってもカタルシスを生むのは可能であり、その快感を否定することはない、と彼らも悟ったのかもしれない。新たな積極性は、ビーチ・ハウスというユニークなポップ・グループのサークルにより多くのオーディエンスを引きこむことになると思う。
白銀のボトル・ネックがふんわり架ける虹の橋とエモーショナルなヴォーカルの曲線がみごとにハモっていた「Silver Soul」、独唱に近いシンプリシティがカントリー・ソウル的な抱擁感で場内を包んだ「Used To Be」も良かったが、ハイライトは終盤「Zebra」の寄せては返す波を思わせる、息の合ったグルーヴのビルド・アップ(シマウマを真似て、手振りでギャロップするヴィクトリアもかわいい~)、そしてマジー・スターの生まれ変わり?とすら錯覚させられたマイナー調の絶品ララバイ:「Heart of Chambers」が生み出すとっぷりとした闇。その闇を縫うように静かに流れてきたセット本編のエピローグは、「Take Care」のワルツ。どんなに思っても、決して思いを返してくれない誰かに向けた切ない嘆願にも似た「I take care of you/If you ask me to」のサビに思いっきり涙させられた後、アンコールはクラウト・ロック的なモトリック・ビートのパンチとスコールのように注がれるシンセ、メロディの高揚が最高~再びダンスの輪が広がった「10Mile Stereo」。最後の最後で灯ったミラーボールも、めくるめく光でフロアに人工の雪を降らせるようだった。彼らがステージを去った後、青白く瞬く音の星群に囲まれ、プラネタリウムにたったひとり取り残されたような感覚に襲われた。孤独も捨てたもんじゃないな、そう思えるくらい、それは綺麗な瞬間だった。