初体験のグリーン・マンだったけど、実際行ってみてこのフェスがなぜ現UKフェス・サーキットの中でも「逸品」と賞賛され、ファン・ミュージシャンの両サイドから愛されているのかよく理解できた。もちろん、野外大フェスの興奮だったり人気バンド勢ぞろい!なラインナップに盛り上がる思いを否定するつもりは毛頭ない。しかし、見事な景観の中、苦痛にならない数の、フェスの精神(大まかに言えば、アンダーグラウンドでも構わない・ジャンルも関係なく肉体と心を解放する音楽の楽しみ/サプライズを享受しよう、というもの)を共有する観客と共に、数日間フィールドを歩き回るのは本当に生き返る心地のする経験だった。
知り合いの多くが「今年のラインナップはヤバすぎた」と評していたように、今回は特に筆者好みのアクトが多かったとは思うし、それが毎年続くとは正直思わない(それは、この規模の地味なフェスでは難しいのだろう。たとえば自分の好きな英フェス=ATPやこのグリーン・マンが、どちらも咽喉から手が出るほど呼びたいであろうニール・ヤングなんかは、もうギャラの時点で不可能なんだろうな。それに、ニールの出演が決まっただけでチケットがソールド・アウトしちゃうだろうし、それはそれで、ある程度の規模に観客数を抑えておきたいこの手のフェスには迷惑だろう)。しかし、もしもいつかイギリスでフェスを体験してみたいと思っていて、かつ間違いなくいい思い出を残したい方には、このピースフルでラヴリー、イギリス的なこだわりが詰まったフェスはお勧め。特に、ある程度海外の野戦病院的なタフなフェス、そして日本でフェスを体験してきた「違いの分かる」方には、グリーン・マンの(イギリスにしては行き届いた)設備は快適そのものだと思うのだ。自分も、またいつか行けたらいいな、と心から思っている。
<3日目>
いよいよ最終日。観たいバンドは後半に集中していたので、割とのんびりのスタートだ。翌日出勤の社会人も多いためか、午後を過ぎたあたりでお客の数も徐々に減っていった。ライヴの前に、暇つぶしにポップ・クイズに参加。賞品でCDとか本がもらえるし、自由参加で元手もかからないのでやらない手はないだろう。つーか、いつかATPのパブ・クイズでトップを奪取~1位賞品:次回ATPのチケットをゲットするのが夢なので、練習も兼ねてます。しかし結果はそこそこで、空手で退出(涙)。やはり、日頃からポップ・マメ知識&要らぬ雑学を鍛えておくのが大事らしい。がんばろうっと!
メイン・ステージで、ブリストル出身の多国籍バンド:Zun Zun Eguiを観る。モーリシャスや日本出身のメンバーもいるというこのバンド、ダンサブルなリズムと七色のキーボードでポップそのもの。たとえばゴー!チームのように、時にそれがまとまりのなさにも繋がっているが、メンバーの熱演と哀感を帯びたメロディの親しみやすさで最後にはお客の喝采を集めていた。Dengue Feverなんかが好きな人にはお勧めです。続いて、好きなアヴァンギャルド系ドラマーであるアレックス・ニールセン(元Scatter、またボニー・プリンス・ビリー、カレント93とも共演)の新プロジェクト:The Trembling Bells。厳選されたリリースを続けるHonest John’sから先ごろリリースされたファースト・アルバム「Carbeth」は、プリミティヴとも言えるフォーク~中世音楽にインスパイアされた秀逸な作品だったので、とても楽しみにしていた――んだけど、ライヴではカントリー・ロック度が強くてアララ??シンガーであるラヴィニア・ブラックウォールの唱法はサンディ・デニー直系で、実はサンディ・デニーにいまだ抵抗のある身としては(何度もトライしてるのだが、どうもまだ彼女の良さが沁みてこない)、あの手の歌い方で朗々と歌われると辛い・・・とはいえ、アレックスのシャープなドラミングには酔わされました。
そのままステージそばの樹の下でウトウトしていたら、参加していた子供客を集めての行進がスタート。ドラゴンのはりぼて(っていうかクジラ?)を掲げてメイン・アリーナ内を練り歩き、好き勝手にタイコだの歌を歌うキッズは大喜び。その微笑ましい様子を眺めていても感じたが、このフェスは本当に子供フレンドリーだ。お子様向けワークショップだのフェイス・ペイント、シャボン玉ショップはもちろん、木登りや水遊びの場もふんだんにあって、ライヴに興味がなく、親に無理やりフェスに連れて来られてムクれているお子様達をなだめるのも楽そうです・・・と書いたものの、このドラゴン行進が終わって少しして、次のアクト待ちのオーディエンスの間にどよめきが走った、「なに?」と思い見やると、若い男性がストリーキングを決行(笑)、場内を突っ走っている。フットボールの試合他、スポーツ・イベントではたまにあるらしいけど、まさかこんなに平和なフェスでお目にかかるとは。別にヤバい変人ではなく、ひとしきり走り終わったら友人達に歓待され、すぐパンツを穿いてもとに戻っていたので、恐らく「ここを素っ裸で走ってみせたら50ポンドやるよ~」とかけしかけられての賭けだったんだろう。でも、子供には刺激強すぎ?
そのままScott MatthewsのAORスレスレ(デイヴィッド・グレイとかね)の、しかし職人技な歌とメロディにしばし浸った後、文学テントでDavid Thomasを観に行く。はい、あのペレ・ウブの。昨年発表された、彼の手によるアルフレッド・ジャリの「ユビュ王」翻案を朗読するという趣向で、好奇心に駆られ行ってみたのだが、あまりにお客がいなくて寒いのなんの。20人以下を前に、しかし黒コートに黒ソフト帽のデイヴィッドは悦に入ってリーディング・・・しているのだが、よく見るとパフォーマンスの合間にヒップ・フラスクから呷っているのはウィスキー?おかげでだんだん語りもむちゃくちゃになってきて(まあ、シュールな内容の本だからそれでいいんだけど)、ついていけなくなったので退出。にしてもルックスといい、威圧感と狂気と弱さが入り混じる不思議な空気といい、おっちゃんになってからのオーソン・ウェルズみたいだった。
日も落ちてきていよいよ終盤、まずはFar Out Stageに向かう。この晩のこのステージは、ヘッドラインのHawkwindを総帥にした、さしずめUKアングラ・サイケのテーマ・パーク状態。その仕切り人がトリ前のAmorphous Androgynousなるユニットなのだが、正体はエレクトロの老舗Future Sound of Londonだったりする。ダンスとサイケデリアは切っても切れない仲なので納得だし、このAmorphous~のラジオ番組(Monsterous Psychedelic Bubble)のコンピレーション・アルバムはノエル・ギャラガーも絶賛していた。彼らのロンドン・ギグにギターで参加する・・・との話もあったが、オアシス騒動で立ち消えになったみたいですね? そのトップ・バッターであるAlisha Sufitは、インド音楽をミックスしたサイケデリック・フォークのカルト古典バンド=Magic Carpetのソングライター/シンガーだった人。72年に出たアルバムは、そのインパクト大なジャケットも含め、いまだサイケ好きに根強い人気の作品で、アングラ・サイケの第一次CD再発が盛んだった時期、何も知らなかった若き日の自分もあのジャケだけで即買ったもんです。ソロとして活動中とは知らなくてびっくりしたが(オアシス「Falling Down」のAmorphous~リミックスでも歌っていたんだとか)、バエズ系の美しい歌声とシタールの絡みで聞かせ、年配客の拍手を浴びていた。彼女の新しいソロ・アルバムはAmorphous~がプロデュースだそうで、第2のヴァシュティ・バニヤンになれるか?乞うご期待~。昨日Jonnyで出演したエイロスがこのテントの周辺でずっとウロウロしている姿を見かけたが、サンダル履きで持ち込み酒を飲む様子、完全に「地元祭りに参加」のノリなのが笑える。
一瞬メイン・ステージに戻り、新作が好評なCamera Obscura。健気なギター・ポップと言う持ち味は健在で、お客からも愛されていて良かった良かった。再びFar Outに取って返し、これまた英サイケのカルト・フィギュア=Nick Nicelyを鑑賞。フェスのパンフレットによれば、70年代から活動、82年に発表された代表作「Hilly Fields(1892)」はサイケデリアとシンセの融合作で、かのデュークス・オブ・ストラスフィアにも影響を与えた、と言われれば観たくもなります。そしてやはり只者ではなく、ニックさん本人は顔を白スカーフで隠した面妖な風体で(結構な年齢だと思うのだが・・・イギリスのアート老人は、年を重ねるとエキセントリックさを増すのか?)、キーボードに囲まれ激しく動きまわりながら、ユーロな哀感を漂わせたカンタベリーの香りもちょっと漂うスペース・サイケを展開。彼のアルバム、聴いたことがないのでこれを機にチャレンジしてみようと思います。にしても、30年前、20年前のサイケ・アクトをこうして引っ張り出し、ミニ・フェスとして形にしてしまうんだからすごい話。イギリス人の音楽マニア/レコード・コレクターというのは、ほんとあっぱれですね。それに、たとえ内容がどんなものであれ(オリジナル・メンバーもほとんど残ってないだろうし、60年代全盛期の映像、あるいは「ボディ・ペイント女性が踊り狂う」「壮絶なライト・ショウ」と言った伝説に較べるとがっかりするのかもしれないが)、トリのホークウィンドは観れるものならやはり1度は観てみたいよね、話の種に。
がしかし、その思い(=怖いもの見たさの好奇心?)は抑えることにしてメイン・ステージに戻り、降り始めた雨のもと、これまた負けじ!とアングラ・ヒーローなRodriguezに控える。この人はデトロイト出身のメキシコ系移民SSWで、70年にリリースしたアルバム「Cold Fact」再発をきっかけに、ここ2、3年若い音楽マニアの間でもその作品が「幻の傑作」として話題になっていた。ディラン的な社会派歌詞、中期ディオンを思わせるしみじみメロディ、ラテン・ロックが融合した音楽性は、当時のアメリカでは無視されたもののなぜか南アフリカに渡って大受けし、プロテスト・ソングの歌い手として愛され、かの地でカルト・ヒーロー化。しかし当のロドリゲスはそんな事情もつゆ知らず、90年代末に発見されるまでデトロイトの建設現場で働いていたんだそう。なんとも数奇な話じゃのう・・・と思っていたが、たまたまキャンプ・サイトで知り合った中年男性が南アフリカ人で、「ロドリゲスの人気はすごいよ!南アでは、何万人もお客を前に演奏したことも」と嬉しそうに話していたんだから、本当なのだろう。ちなみにこの人、更に話を聞いたらロドリゲスのマネージャーの兄弟だった(笑)。道理で詳しいはずです。また、彼いわく60~70年代の南アはマーケティング・リサーチが行われる場所でもあり、ここでテスト的にリリース~受ければ英米でも発売、なんて慣習があったそうで、南ア以外では発売されなかった作品(音楽や映画)もあるんだよ、とのこと。レコード・コレクターの皆様、チェックしてみてはいかがでしょう。
というわけで、復活してツアーを行い、長い間たまってきたツケを受け取っている形のロドリゲスにエールを送るべく待っていると、アルバム・ジャケットでもおなじみのサングラスに長髪、帽子の渋いいでたちな彼が現われ、あちこちで喝采が局地爆発する。恐らく南ア観客なのだろう。さすがに声の衰えは感じたが、詩心とギターの優しい響きは変わっていないし、パッションを烈しく投げるというより、フォーキィ・ソウルの穏やかさで滔々と歌いかけていく感じ。計7人編成のバンドはホーンも含めているため、どこかアーサー・リーのソロ・ライヴの面影がだぶるのも面白い。ロドリゲス以外は若いミュージシャンということもあって演奏そのものはタイトだったし、名曲「Sugar Man」など実にかっこよかった。ラテンなメロディのメロウなヴァイヴ、このフェスのピースフルな雰囲気にぴったりだった。
オーラス前の腹ごなし!というわけで、有名なシェフが経営するレストランの出してる屋台で「豚腹肉のサンドイッチ」を注文。このメニュー、屋台のレベルがおおむね高いこのフェスですらあちこちで「あれは旨い」と囁かれていたカルト・メニュー(笑)で、昨日のジョー・ボイドも「あのPork Belly Sandwichは最高」と絶賛していたのでトライしてみた。全粒粉のパンで、カリカリに皮をローストした脂身3センチくらいの肉片をドカン!と挟んだ(ソースはアップル・ソースとホース・ラディッシュから選べる)サンドイッチは確かに激美味だった・・・のだが、このサンドイッチだけではなく、これまた旨そうだった(そして本当に美味しかった!)具沢山なチキン・スープをその前に食べてしまったのがアダになり、半分くらい食べた時点で脂身を飲み込むのがきつくなってきた。最終日だから今しか食べられない!と欲張った自分がアホとはいえ、その後しばらく胃痛と胃酸過多に悩まされた。普段のコモン・センスが頭から掻き消えるのがフェスの怖さですな。この屋台ではお子様連れのパパ・ジャーヴィスにも遭遇。やっぱり素敵&ブラウン・ヘアの息子はむっちゃくちゃかわいく、「パパー、クレープ食べたい~」とおねだりしていた。
続いてはお待ちかね、Dirty Threeの登場。昨年もこの時期にEnd of The Roadで観たんだよな・・・と思いつつステージに寄ると、ウォレンもミックもジムも、心なしか去年と服装が変わってないよ?!とはいえ、「Some Summers They Drop Like Flies」で演奏がキック・オフするやいなや、D3の痺れるようなサウンド・スケープ~エピックなせリ上がりに一気に引き込まれる。オーディエンスに背を向け、エビ反りながらヴァイオリンを弾きキックを決める、おなじみのウォレンのメフィスト的パフォーマンスの妙に観客も釘付けだ。しかしこの人、毎回曲間のMCがむちゃくちゃで面白すぎ。この日は「しばらくアルバム作ってないけど、実は煮詰まってます・・・アイデアがある人、僕達にメール送ってください!(小声で)印税の55%あげます」とか、かと思えば突如ポリス(>スティングの)をバカにしたり、前言を撤回し「実は新作は2週間後に出るから!」(>出ないって)など、冗談とも本気ともつかない発言と、鬼気迫る風体のギャップに苦笑の波が広がる。ていうか、「ここスコットランドだよな?」(>ウェールズです)との失言には、一瞬場の空気が凍ってた。とはいえ、こういういい加減でバンカラなユーモア(なんか鈴木清順っぽいのだな)は、ジャーヴィス・コッカーも学ぶべきだろう・・・まあ、単に酔っ払ってるだけなのかもしれないが、どんどん興にのっていく彼の演奏とミック&ジム(このふたりは無口&素面っぽい)の応酬は、「Sea Above,Sky Below」、そして圧巻だった「Everything’s Fucked」の世紀末的情景へとビルド・アップしていった。ラスト曲にいたってはもう、インストのヘヴィ・メタルである。いつ観ても素晴らしいバンドので、まだ観たことのない方はチャンスがあったらぜひ。でも、新作もよろしくね~!(もう前作から3年だよ)
Dirty Three@ATP2007
そしてそして~お待っとさん!なWilcoの出番です。最新作「Wilco(The Album)」リリース後初のUK公演でもあり(このフェスのあとロンドンで単独公演もやったが)、本当に楽しみにしていたのです。写真を撮るためにがんばって最前列を確保したところ、なんと周りはティーンエイジャーばかりでガクゼン!もちろん年配客は後ろでゆっくり鑑賞しているからだろうが、ウィルコにきゃあきゃあ言ってる10代の姿、というのは実に素晴らしい光景だと思った。日本もどうにかならないのか。ともあれ、例のヌーディ・スーツ姿かな?という期待はあっさり外れ、普段着の6人が登場~挨拶なしでさくっと新作の「Bull Black Nova」からスタート。クラウト調のシンプルなキーボード・リフが牽引していくこの曲は、しかしジェフ/ネルス/パットの3人によるギターの複雑にして精緻な絡みがもう、いきなりすごすぎた。ミドルでジェフがメタル・ギタリスト並みのノイズを爆発させ、オーディエンスの体温も一気に上昇。各メンバーのテクニックの高さはもちろんだが、バンドとしてひとつになった時のバランス&無駄のなさ&的確さという意味において、やはりウィルコはアメリカのレディオヘッドなのかもしれない。続く「You Are My Face」では一転まろやかな70年代ポップ味が取って代わり、ジェフ&ジョンの美しいハーモニー・デュオを軸に、パットの繊細なエレピの音色が曲に美しいGLOWを与えていく。はーっ、ため息。その美しさはジェフがアコギに持ち替えての「Muzzle of Bees」にそのままスライドし、咲き誇るライラックのようにデリケートな、しかしクリアなアレンジが耳の中に広がっていく。とはいえ、よく聴くとネルスとジョンのインタラクションは張り詰めているし、ジェフ&ネルスのツイン演奏も一糸乱れぬ正確さでテンションが高い。優雅に水の上を滑っているように見えて、水面下では懸命に水かきを漕いでいる白鳥のようだ。
とまあ、この3曲でもぶるぶる震えが走るほどだったのだが、たぶんバンドにとってはこの序盤は一種の肩慣らしだったのだろう・・・と思えるほど、ここから先がすごかった。それは、もしかしたらオープニング3曲の間はステージ前にフォトグラファーが待ち構えてフラッシュをバシャバシャ焚いていて(筆者はまずライヴの時はフラッシュは使わない。チャチなデジカメなんで、焚いてもあんま意味ないし)、バンドもオーディエンスも集中しにくいから?などと思いつつ、あうっ!このワイドなイントロは「I Am Trying To Break Your Heart」!やっぱりこの曲が鳴リ出すと、「ウィルコのショウだ~」という気がするのは筆者だけ?いやそんなことはなくて、隣に立っていた少年が「ウォォーーー!」と絶叫で迎えたのを考えても、やはり「Yankee~」の1曲目であるあの曲は、いろんな人にとって〝現ウィルコの始まり〟を象徴する曲なのだろう。それはともかく、オリジナル・ヴァージョンも鳥肌ものとはいえ、今のラインナップで演奏されるこの曲の持つ怪物的な膨らみとフリーク・アウトしたノイズ(特にグレン、毎回ものすさまじいプレイを聴かせてくれる。この1曲終わった段階で全身汗だくになってた)の渦には、マジ魂持ってかれる。しかし、そんなマッドな音の坩堝を作り出しつつ、よく見るとメンバー全員ニコニコ笑っているではないか。最新作「Wilco(The Album)」のテーマに、実は「笑い」というのは大きいのだと思う。ラクダちゃんの誕生パーティー、というアルバム・ジャケットのコンセプトにしても、メンバーにしてみれば深い意味や隠されたメッセージがある・・・というより、ただ「笑えるよね?」ということではないか、と。それはたぶん、シリアスでプログレッシヴなバンド、6人全員マニアックな音楽フリーク集団、現在アメリカ最高のバンド・・・という何やら仰々しいパブリック・イメージ(とはいえ、そのどれも間違ってはいないのだが)の数々を笑い飛ばし、実はウィルコ自身はそこまで自分達をクソ真面目に捉えてはいないんだよ、とファンに伝えようとしているのだと思う。たとえば、これと同じようなことを生真面目さん集団レディオヘッドがやれる、とは自分には思えない(ラマに乗るトム・ヨークとか、絵としては似合いそうで見てみたいけどね)。そういうある種のガス抜きのセンス~自分達を茶化す健全な距離感は、ウィルコの方が数段上手なようです。
バンドもその新たなユーモア感覚をエンジョイしている模様で、とにかくこの日のライヴでは常に笑顔に満ちていた。笑うウィルコ。最初は正直やや不気味だったが(前回観た時は、ジェフが終始怖いとっつぁん状態でおっかなかったんだもん)、歌の良さでじっくり聴かせた「One Wing」、またもグレンのキットが炎上する激烈なブレイクに喝采が湧いた「Via Chicago」(名曲!)の盛り上がりにメンバー全員が笑顔を交し合うあたりになって、こちらも慣れてきた。というか、素晴らしい演奏を聴かせる仲間がいる、そんなバンドにいたら、誰だって笑みが浮かぶものだろう。その軽さを牽引していたのが、ジェフ&ジョンを挟む形で両翼を守るパットとネルスだった。パットはキーボードとギターをスイッチしつつの奮闘で、トリプル・ギターの威力をこれでもか!と見せ付ける美味しい役。しかしやはり現ウィルコの強力な懐刀と言えばネルスで、メタル、ジャズ、SYばりのノイズ、ラップ・スティールとなんでも饒舌に弾きこなす彼の存在は、すごすぎて驚きを通り越して笑えてしまうのだ。「Impossible Germany」で始まったギター合戦は実にお茶目で、リヴァーブ・ギターで揺らすパットにネルスが水銀のように滑らかなフェンダー・ソロで応酬する様は、見えない火花を散らしながら、しかし両者がお互いをリスペクトし、このジャムを、ウィルコというバンドを祝福しているようで最高だった。そのふたりにつられる形で、ジェフもシャープ極まりないカッティングのユニゾンに加わっていく。別にテクニック至上主義者ではないし、ウィルコの場合あくまで歌があってのインスト・パートとはいえ、筆者はこの音の重なり(そして分離の明度)を聴いているだけでご飯3杯はいけます。
Impossible Germany--Wilco
最新作の1曲目「Wilco(the song)」のこれまた息の合った演奏&ラヴリー極まりないポップ・メロディで中盤を切って落とし、余裕すら感じた定番曲「Jesus Etc」、どんな曲でもロックンロールの風が吹いているジェフの歌声が素晴らしかった「Handshake Drugs」では、アウトロのプレグレ・バンドばりのギター・プレイの間にSGを頭上に持ち上げての大熱演まで飛び出し、びっくり。そのやや掠れた味がたまらないヴォーカルは、続くサザン・ソウル~スタックス風にリラックスした「Hate It Here」でヴァン・モリソンを思わせるシャウトを聴かせてくれた。グレンの仁王立ちポーズから元気にキック・オフした「I’m The One Who Loves You」はジャム的なイントロを伴うノリの良さが身上で、スコンと抜けた明るさが昔のライヴのヴァージョンとは違うな、と感じる。観客も彼らのジョイフルなグルーヴにすっかり魅了されていたが、ステージもフィールドもすっかり暖まったところで始まったのが「Spiders」!かっこよすぎな展開です。筆者ももうノリノリの踊り子状態で、あのタフなブレイクでがんがんヘッドバングしたせいで、翌日首が痛くてしょうがなかったっす。でも、あの曲はほんと今のウィルコ・ライヴの大輪の花だ。「Hoodoo Boodoo」のポール・マッカートニー的なはずむ曲調のロング・ジャムがそれに続き、この本編ラスト曲で再びネルス(左)とパット(右)がギター合戦に突入。ソロを披露し合い、そのたびそれぞれの側の観客がやんやと囃し立てるのだが(さすがのジェフも、両者の悪乗りぶりに苦笑していたほど)、アンガス・ヤングばりの猛演奏を聴かせたパットはいちいち腕を突き上げてポーズを決め、そのもったいぶったハデさにみんな大笑い。しかしまったく動じず、淡々と変態プレイを繰り出してオーディエンスを唖然とさせるネルスもかっこいい。佐々木小次郎と宮本武蔵のようなものだろうか。全員の熱演と秀逸な演奏、そして屈託のない笑顔という素晴らしいプレゼントを渡され、興奮しまくりな観客がアンコールの声をたちまち広げていく。「Late Greats」他、そちらはランブル&エネルギッシュな「AM」期を彷彿させるロックンロールでコンパクトにまとめてくれたが、75分(+アンコール)のステージ・タイムは短すぎた・・・「Heavy Metal Drummer」、「I'm Always in Love」「Kamera」なども聴きたかった・・・と贅沢を言うのはここらへんにしておくが、このバンドのディスコグラフィを考えれば2時間以上は必要だろう。
ウィルコというバンドは演奏力・柔軟性・クリエイティヴィティ・6人のケミストリー、どれをとっても現在ロックンロール・ゲームのトップに位置するバンドのひとつだし、ほんと、もう何がなんでも日本に行ってほしい。これを体験できないのは、日本の音楽ファンにとって損失以外の何物でもない。それに、これ以上来日ギャップが広がると、2時間どころか3時間プレイしないと日本のファンを満足させられなくなっちゃうよ~~
<2日目>
土曜日も基本的に晴れのち曇り、な陽気でフェス日和としては順当。サイト内のレコード屋めぐりで時間を潰しつつ、この日見た一番手はEmma Tricca。イタリア生まれ~現在イギリスを拠点にするこのSSWはジョン・レンボーンやロイ・ハーパー(!)に認められ、デビュー作はアンディ・ヴォーテルのFinders Keepers経由・・・ということで、午後早くにGreen Man Pubに向かう。お客はパブ開店と共に一杯、が目当てが多かったが、ジョーン・バエズを思わせる清楚な弾き語り、途中からバンジョー奏者、更にはフル・バンドを伴っての演奏とヴォリューム増大。しかし彼女自身の歌声と空気を縫うメロディは耳を奪わずにいられない凛とした力を秘めていて、その世界が今後どうなるか、成長を見守りたくなった。そのままMississippi Witchを見たが、バットホール・サーファーズ的カオスを交えたストーナー・ガレージ・ロックという感じで、さほど新鮮味はなし。
続いてFar Out Stageに移動し、お楽しみその①The Strange Boysを観戦。Vivian Girls、 The Oh Shees、Jay Reatard他筆者好みのリリースが続いているIn The Redからアルバムが出たばかりの彼らだが、いやはや!1967年で時計が止まったごとき出音は抜群!こういうストレートなガレージ・パンクはどのフェスでも大抵受けがいいものだけど、スタンデルズ~ザ・シーズを思わせるアクの強いヴォーカル、キンキンにテンパったギター・サウンドと課題を100%クリアしている。しかしファズやディストーションに寄りかかることなく、あくまで主役は歌で、曲調もサーフからドゥーワップ、ブルースまで幅広く凝っていて飽きさせないし、しかもヴォーカルの表現力(ブルース・ハープも達者)が豊か。というか、見ているうちにこのリーヴァイス501+ぶかぶかのカーディガンという出で立ちのシンガーに、誰かがだぶってきた・・・そう、リー・メイヴァーズ!アメリカの今の若いバンドだけに、ザ・ラーズからの影響を指摘するのはまったくのお門違いかもしれない。けれど、サウンドの構成成分、そしてグルーヴのある演奏は間違いなくサン・ディエゴよりもマージー・サイド。盤で聴くよりもライヴがいいタイプ、というのもよく分かった(音の躍動感が、断然生の方がベター)。めっけもののバンドである。
Woe is You And Me--The Strange Boys
スコットランドの注目株アート・サイケ・バンドThe Phantom Bandをメイン・ステージでしばし観戦。ピアニカやギターをフィーチャーした6人組で、簡単にはカテゴライズしにくい音なんだけどなんだかハマった。ダークでありつつ、プレイそのものに重々しさやシリアスさがないところ~メロディのひねくれ加減(少しだけ初期のフレーミング・リップスを彷彿させる歌もあり)は、ベータ・バンドやクリニックといったネオ・サイケデリック派と通じるものがある。メンバーはアート学生上がりだそうだし、コンセプトや遊び心がこのバンドのポイントなのかもしれない。開催前にはNorman Blakeとの名義で出演アナウンスされていたが(どっちのノーマン・ブレイクか?と一瞬迷った・・・このフェスなら年上のノーマンもあり得るし)、元ゴーキーズのエイロス・チャイルズとのデュオ・ユニット=Jonnyとしてセカンド・ステージに立ったのは、サマーソニックで元気な姿を観たばかりだったTFCノーマン。彼がスツールに座ってアコギを引く傍らで、エイロスが立ったままキーボード&アコギ、という編成だ。ウェールズということで、エイロスあるいはグリフは下手したらパフォーマーとしてではなく客としてサイトのどこかにいるだろうな~と思っていたので、やはり嬉しい(ちなみにこの日のFar Out Stageは、他にCate Le Bon、Richard Jameも出演)。良心的音楽ファンに支持されている両者だけにお客の入りも良く、訥々と紡がれる枯れた味のアコースティック・ポップ(CSNあるいはサイモン&ガーファンクルに、ヘボい漫談チャットが加わったというか)は昼下がりのひとときにぴったり。恐らく「商業的成功」とかは一切視界にない趣味的プロジェクトなんだろうし、ある意味両者のキャラの良さがあってこそ成り立つ内容とも言える。しかし声のハモりは美しいし、「Ursula’s Crow」などで聞かせたエイロスならではの哀メロとノーマンの甘いギターの絡みはやはり泣かせる。06年以来レコーディングを続けているそうで、アルバムはうまくいけば来年には出るそうなので、ファンはお楽しみに~。
続いて、この日筆者にとっての最初のハイライト!ということで文学テントに急ぐ。音楽に関する本はそれなりに読んできたつもりだが、中でも自分内ベストの1つである「White Bicycle」を、著者Joe Boyd本人が朗読するのだ。しかも、ロビン・ヒッチコックの伴奏付きです★ ハーヴァード大在学中にフォーク/ブルースのコンサート・プロモートを始め、エレクトラ・レコーズのUK支局勤務、UFOクラブ(ピンク・フロイド他がしのぎを削ったアンダーグラウンド・クラブ)の企画運営を経て、アイランド傘下のプロダクション会社=Witchseasonを立ち上げたジョー・ボイド。そんな彼だからこそ、50年代USフォーク・リヴァイヴァルからサイケ、そして70年代ブリティッシュ・ロックの諸相までをヴィヴィッドに、かつ愛をこめて回顧できたと言えるし、彼の元から巣立ったインクレディブル・ストリング・バンド、フェアポート・コンヴェンション、そしてニック・ドレイクらの音楽に興味がある方~のみならず60年代カルチャーに少しでも魅せられたことがあるなら、「White~」は絶対に読んで損はない本だ。
ミーハー丸出しでステージ前方の椅子に陣取った筆者、うわー本物だ!と興奮しまくり&カメラ小僧に成り下がってしまったが、グリーン・マン登場は2度目とあってごま塩ロング・ヘアのジョー・ボイド(ベンチャーで一発当て、いまや悠々自適なお父様といった趣き)はリラックスした様子。拍手の中マイクの前に立ったジョーは、挨拶の後ロビンをイントロ。それを受けたロビン・ヒッチコックは、自らを「ジョー世代の音楽から生み出された、自分はたぶん最後のクチだろう」と謙遜気味に称して、これまたナイスです。両者はグリーン・マンの前にロンドン:バービカン・センターで開催されたインクレディブル・ストリング・バンドのトリビュート・コンサートに揃って登場したばかりだそうで、ジョー・ボイド自身から「このフェスの後、インクレディブルズの旧作をリマスターしにスタジオに行きます。デラックス再発は来年だから、あせって今買わないように!」とのお達しが発せられた(笑)。内容は、ジョー・ボイドが自ら選んだ章から、パッセージの一部を朗読~そこに取り上げられたアーティストの楽曲を、続いてロビンがアコギでカヴァーする、という趣向。あの本はもう3回以上は読んでいるので表から裏まで記憶しているつもりだが、著者本人の思いがこもる朗読で聞くとまた格別な味です。
ピックアップ&カヴァーされたのは①インクレディブル・ストリング・バンド(「Chinese White」)、②ボブ・ディラン(「Hard Rain」)、③ザ・ムーヴ(「I Can Hear The Grass Grow」)、④ニック・ドレイク(「River Man」)、⑤シド・バレット(「Bike」。シドだけは、本からではなくジョー・ボイドが新聞に寄せた追悼記事からの抜粋)。イベントが始まるまでは「なぜロビン・ヒッチコック?」という思いも正直あったし、ロビン自身「ザ・ムーヴの曲を覚えてくれ」とジョーから指示を受けてびっくりしたとも言っていたけど、アコギ1本でフォークからポップまで弾き歌いこなす彼のパフォーマーとしての否定しようがない力量、そしてカヴァーする対象への愛情はこのミニ・アコースティック・セッションにいいヴァイブを与えていた。各章はいずれ皆さんに読んでいただくとして(個人的には、ボブ・ディランとジョー・ボイドとの出会いのパートが笑えて好きです)、ロビン・ヒッチコックのカヴァーでハマっていたのは、スコットランドの冬の情景が浮かんでスウィートそのものだったISB、歌詞にうならされたディラン、そしてシド・バレット。シド・バレット、そしてジョン・レノンはロビン・ヒッチコックにもっとも大きな影響を与えたアーティストだから、当然かな。ニック・ドレイクは、ジョー・ボイドの朗読こそいまだにエモーショナルで胸が詰まったけれど、カヴァーするのは難しいものですね。誰がやっても。
日も落ちてきて、後半戦のトップ・バッターはボルチモア発サイケ・トリッパー:Beach House。現在サード制作中と言われる彼らは、女性1男性2の編成~打ち込みを軸に生ドラム、エレキ、キーボードでシンプルに点描、空間を活かした燐光型の音作りとアンニュイなメロディがおくゆかしくも美しいバンドだ。以前フリート・フォクシーズの前座で観た時は、端整なもののソウルに欠けるところが物足りなくもあったが(メロディがストイックなので、一種クールに聞こえてしまうのだ)、この日は情感の波と地に足の着いたグルーヴがハモっていたし、リヴァーブたっぷりのギターが醸すロマンチックな流曲線にはうっとり。すっぽり吸い込まれてしまう、そんな琥珀色の音場を生み出していて素晴らしかった。ツアー経験を重ねて、自信がついたのもあるだろう。秀逸だったのは「Apple Orchard」、そして教会音楽の荘厳な響きとニール・ヤングの泣きが融合したごときラスト曲。オーディエンスもすっかり胸打たれ、熱い拍手を送っていた。マジー・スターとよく比較される彼らだが、ヴィクトリア・ルグランのある意味中性的ですらある歌声は、このバンドに蠢惑というよりももっと切なく、不可解でかすかに埃っぽい、あの幼年期の記憶をも与えている。プルーストやトルーマン・カポーティが浮かぶその情趣は、やはり盟友Grizzly Bearと一脈通じるものがあるかも。
Beach House--Heart of Chambers
ヴィクトリア・ルグランが終演間際に「次のVetiverも見てね!ここ1週間くらい一緒にツアーしてるけど、とってもいい人達よ」とMCしていた・・・が、すまんアンディ!ということでメイン・ステージのGrizzly Bearに移動~。サマーソニックでも観たのだが、彼らは何度観ても飽きないのです。前日のアニマル・コレクティヴ同様この人達も今のライヴ・サウンドのトーンは「水」なんだけど、1曲目の「Southern Point」からもー、思いっきりユラユラしてますっ!しかもアレンジは微妙にトロピカル度を増していて、オス・ムタンチスにすら聞こえる場面も・・・美しい、が、クリス・テイラーのベースの音が今回も序盤割れ気味なのは不服。エフェクトかけすぎやで、あんた。そこから「Cheerleader」で深い海にたまゆら潜っていった後、この晩のハイライト:「Lullabye」に突入。オートハープをいとおしげに抱えたダンの傍らで、クリス・テイラーが送り込むクラリネットとフルートの秋風。黄昏の灰色雲を内包した音のタペストリーが、徐々に膨らんでいく。見えない亡霊に語りかけるようなダンの物悲しい歌声は、前衛ジャズなドラム・ビートが緻密に構築したガラスの浮き彫りに「Chin Up,Cheer Up・・・」のコーラスで細かなヒビを入れていく。体中に鳥肌が立つほど、素晴らしい演奏だ。「Veckatimest」曲もいいのだけど、やはり「Yellow House」曲の今の〝熟れっぷり〟はたまりません。その思いを更に裏付けたのが、続く00年代屈指のソウル・ソング「Knife」で、彼方に明滅する船の灯りに似たサウンド(クリス・ベアの手ドラムも、デリケートに柔らかくて最高)にスウィングしていると、もう会えない誰かに思いが漂っていしまい困ったもの。
コーラス・ワークの神々しさとは裏腹に、インスト部での激しいクラッシュが刺さる「Fine For Now」の後、「Two Weeks」ではお待ちかね!エドの「今僕が一番好きなシンガーです」との紹介つきでBeach House
ヴィクトリアがステージに登場(>フェスの同日出演なら絶対共演するはず!とめちゃ楽しみにしていた・・・我ながら小さい望みですけども)。モリー・リングウォルドみたいなファッションが似合っててなんとも愛らしかった彼女のコーラスは、このうららかなミニ・ポップ・シンフォニーに更なる軽みを与えていて、場の雰囲気を朗らかにリフト・アップしてくれた。エドのフェミニンな歌声が泣かせる「Ready,Able」も良かったが、後半のベストはやはり「While You Wait For The Others」と「On a Neck,On a Spit」のダン曲2連発。どちらも彼の実に男臭いヴォーカル(この声の質感、願わくば四六時中聞いていたい安全毛布的引力があってやばい)の包容力が生きる曲ながら、前者はエドの清廉な歌声とのコントラスト、後者はメンバー全員のコーラス・ワーク&一丸となってのパワフルな演奏に酔わされました。ぜひやってほしかった「He Hit Me」も「Colorado」も、「I Live With You」も含まれていなかったけど、この音の磁場とハーモニー、精密なバランスはやはりこの4人にしか出せない。10月のロンドン・シンフォニック共演コンサート@バービカン・センターがますます楽しみになってしまった。
すっかり放心気味で芝生の上にダァーッと寝転がっていたが、続いて今グリーン・マンの「特別ゲスト」=Bon Iverで起き上がる。この人は大好きなんだけど、ここ1年ライヴの内容が毎回ほぼ同じ(MCすらあまり変わらない)。なので、新機軸がなければ観なくてもいいか・・・などと不遜なことを考えてもいたのだが、まずは観客の期待・渇望感にびっくり。出番が近づくにつれてロック・コンサート並みの手拍子&歓声が生まれて、これまでのこのフェスのノリとガラッと変わったのには驚かされた。ボン・イヴェールでこんな熱狂的なリアクションが起きる国は、イギリスだけだろう・・・。しかし、そのはちきれんばかりの期待をすんなり受け止めてしまうボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンの歌声はやはりすごい。蜘蛛の吐く糸のように繊細に震える歌声が夜闇に響き始めた途端、その微かなきらめきを一瞬とて逃さぬべく、広いフィールドを埋め尽くした観客が沈黙に包まれてしまったのだ。野外フェスで、こんな光景なかなか出くわさないぞ。「Skinny Love」の痛みに心の中で泣いている(ように見えた)〝グリーン・マンの良き人々〟を後に、セカンド・ステージのトリ:Andrew Birdを観に行く。しかしこちらもかなりの集客(過去3年ほど英ツアーを地道にやってきた成果が実ったね)だったので、ステージの隣りで行われているキャンプ・ファイアを囲みつつ鑑賞。最新作からの「Sociopath」で軽やかに幕を開け、「Effegie」他人気曲の連打にお客も盛り上がっているし、フル・バンド(全員黒のスーツ姿でかっこいい)の演奏はソロ公演の数倍ロッキンで、迫力とディテールへのこだわりを兼ね備えた演奏に圧倒された。もちろん彼のギター/ヴァイオリン/ループを駆使してのソロ・ショウもため息ものの素晴らしさだけど(来日公演、皆さんぜひ足を運んでくださいね)、彼の緻密なアレンジを具現化する力量を持ったバンド・メンバーとの化合っぷりはまた格別だ。
メイン・ステージのオーラスは、〝イギリス人の心のアイドル〟ことJarvis Cocker。筆者もパルプ「His’n Hers」の頃から好きな人だし、最新作かっこいい~と知人も絶賛だったので足を向けたのだが、登場!と思いきや前方客にキャンディをばらまく、は?節分豆まき?なイントロはなんだか肩透かし(ギャル客はきゃあきゃあ喜んでいたが)。1曲目からあのおなじみ:柳腰クネクネ・ダンスでノリまくりだったので、ガツンとライヴに突入してくれればいいのに。にしても、46歳とは信じがたい体型と動きのしなやかさだ。以前読んだインタヴューで、「取材場所に現われたジャーヴィスは、〝ダイエット中だから〟とヨーグルトを注文」ってくだりがあったのには感動したものだが、隠れた努力をしています。タフさを増した新作「Further Complications」からの「Angela」が続いたが、ガリっとガレージ・ロックな演奏のバックとジャーヴィスとの呼吸がどうも合っていない・・・自分達にもロックできる、と証明したくて今回のアルバムをアルビニと作ったそうだが、ロックに対する批評的な距離感~斜に構えた視点、いわば音楽ライター的センスが身上である彼が正面切ってロックをやるのは、ちょっと無理があるのか。それに、こうした音では特に、ニック・ケイヴと比較したくなるってもんだし(ジャーヴィスもきっと、彼の今の立ち位置に憧れているだろう)、そうなるとニックの持つ圧倒的なカリスマ~ステージから音楽と観客を「俺の世界」に引き込みいいようにコマンドするエネルギーに対し、いまだ自分の音楽的な立ち位置を見極めようとしているごときジャーヴィスの線の細さに勝ち目はない。この人はスターに憧れてスターになった人だが、それゆえどこかで自身に対する自信がないのかもしれない。それはもちろん彼の人間的な魅力でもあるのだが、これだけのキャリアと年齢でいまだに迷っているとしたら、逆に切ない。モリッシーくらい、自分だけの世界に入り込んでしまえば楽じゃあないだろうか?
ボウイ調のグラムなスペース・ポップ曲「Leftovers」でやっと彼のウィットに富んだ物語性とロック・サウンドが融合して、やはりこの人はパルプの頃から70年代のベタさが似合うなあと思ったし、その〝エロい中年〟的世界観と相まってナイス。が、そういうのにしたって、ごつい先達としてレナード・コーエン、そしてセルジュ・ゲンズブールがいるわけで、ジャーヴィスがスリージィなオヤジ詩人道を追求していくつもりなら、もっとエゴをぶちまけてもいいと思う。自意識に苛まれ、ダイエットしている間は男は本物の男にはなれないのかもしれません。うーむ、過渡期?これならジャーヴィスの裏=ネオ・フォーク好きの間で話題だったGolden Animals、そしてインディっ子が結集していたDent Mayを観れば良かったかもしれない・・・。
<夏フェス・ラウンドアップ:第3弾>
ちょっと前の本サイトのポストでスコットランド有数の人気大型フェス:Tイン・ザ・パークの(色んな意味で)すごい「実態」が明かされていたけれど、そのレポの中にも出てきた①規模は小さいが②ラインナップからステージまでこだわり一杯!のニッチ・フェス(=別名ブティック・フェス)の典型とも言える英Green Man Festivalに、遂に念願叶って行って参りました~! スタートは03年、フォーク・デュオIt’s Jo and Dannyとしてもおなじみのジョーとダニーがウェールズの緑の楽園の中に編み上げ始めたこのフェスも、開催地をバスカーヴィル・ホール(シャーロック・ホームズの「バスカーヴィルの犬」に出てくるあの館です)から近隣のブレコン・ビーコンズ国立公園に移して以降、初期の2千から今年は実にキャパ1万と、着実&迅速に成長している。
風光明媚なウェールズの深い緑の谷間で開催される、小さな宝石のようなフェス・・・というお膳立てそのものもちろん魅力的だし、参加した知人からは口をそろえての「グリーン・マン最高!」評を何度もいただいてきた。フォーク、サイケ、アメリカーナを中心にしたラインナップも毎回垂涎もの(何せボニー・プリンス・ビリーやジョアンナ・ニューサム、ペンタングルがヘッドライナーなフェスなんで)。今年はタイミングもマイ・スケジュールにばっちり&ラインナップが恐らく過去最高=ヘッドラインだけでも初日:アニマル・コレクティヴ、中日:ジャーヴィス・コッカー、最終日:ウィルコォォォォ(号泣)ということで、リュックとテントを抱えていざ出発だ!
<前夜>
この手のフェスではほぼライヴ開始日=金曜に現地入りするのだが、今回は木曜夜出発。おむすびとサンドイッチ等をごっそり作って車に乗り込む。心配なのは何より天気。08年グリーン・マンは3日間ぶっ通しで雨だった・・・という恐ろしい伝説的体験談も耳にしていたし、秋の気配が忍び寄りつつある時期だけに、風邪もらって帰ってくる、なんてのは避けたいところ。ウェールズに入ると、市街地アヴェルガヴェニーはともかく、ブレコン・ビーコンズに近い丘陵地帯に接近するにつれ小雨、そして大粒のシャワーが襲ってくる。真っ暗な夜道で、目印になるようなものは何もない。しかも、かなりウネウネとカーヴした生垣(羊が放し飼いされているので高い生垣で防御している)で両脇囲まれた細い道路が何マイルも続き、しまいには霧も出てきて、頭の中にはいやーん、『トワイライト・ゾーン』のテーマ・ソングのイントロが流れてきた・・・。「無事辿り着けるの~?」と怖くもなったが、深夜12時半頃無事にサイト入り。途中高速でジャンクションを見失ったため迷ったが、それがなければロンドンから3時間くらいで着くだろう。
既にかなりの数の車やヴァンが駐車されていて、テント村も予想以上に賑わっている。入口でリスト・バンドを着けてもらったら、グロウ・スティックみたいな蛍光色だ。かわいい。小雨の降りしきる中でテントを建て、まずは初体験のグリーン・マン・サイトを散策することに。各ポイントに立ってるセキュリティ・スタッフや案内役他、心なしかみんなのんびりしていてフレンドリー。「こんばんは」と挨拶すると、ちゃんと笑みを返してくれるのはいい感じです。グリーン・マンはイギリスでも唯一24時間アルコール販売ライセンスが許可されている野外フェスだそうで(ウェールズはそこらへんの取締りが緩いのか?)、ライト・アップした樹々が幻想的な雰囲気を醸すメイン・ステージ・エリアを越え、雨宿りも兼ねてバー・テントへ向かう。午前1時過ぎなのに、皆さんがんがん飲んでます!地ビール、特産サイダー(リンゴから作った酒で、いわゆるシードル。三ツ矢サイダーではありません)など種類も豊富だし、ブラディ・マリーに至ってはセロリ・スティックまでちゃんと入れてくれる「本格」ぶり。酒飲みにはたまらないフェスですねこれは。暖をとるべくウィスキーを舐めながら、たまたま出くわした知人達と目当てのバンドは?などしばし談笑し、テントに撤退。最終日ウィルコでピークになるべく、あまり初日から飛ばさないペース配分を心がけることにする。
<初日>
夜の間も小雨は続き、ボロいテントに雨水も入ってきて床も濡れ・・・の冷えこみに悩まされたが、朝日に頬を撫でられてテントから出れば見渡す限り青空が広がっている。おおっ!昨晩サイト入りした時は真っ暗で何がなんだか分からなかったが、四方をぐるりと丘陵・山に囲まれた「すっぽり緑の中」な絶景は本当にきれいだ。そして、近くのテントから漂ってくる、簡易コンロで焼いてるベーコンの香りにもうっとり(→これがないとイギリスのフェスに来た気分にならない)。コーヒーと前日の残りのおむすびで一息入れ、濡れた寝袋だのを処理していざ場内へ。ライヴのスタートまでは2、3時間あったけど、金曜朝で観客の数がそんなに多くないうちにサイトを一通り回ることにした。ちなみにドルイド僧(イギリスの異教~土着宗教の神官とでも言いますか)によるオープニング・セレモニーはうっかり見逃したけど、会期中サイトを歩いてるその神々しい姿は何度もお見かけました。
メイン・ステージはフジ・ロックのホワイト・ステージとフィールド・オブ・ヘヴンの中間くらいのサイズ。先にも書いたように、緩やかな勾配の谷間にサイトそのものが置かれているので、ステージの背後はトレッキングにもってこいな高さの山地と丘が悠々広がっていて、解放的かつほんと美しい。このサイトは私有地でもあり、足元はほぼ(キャンプ地の一部を除き)うっそうとした芝生ということで、ペタペタ裸足で歩いている人も何度も見かけた。昨年行ったEnd of The Road Festivalのお手本、それはグリーン・マンだったのだな~と認識。また、アリーナ・エリアはナチュラルな傾斜を活かした作りで、フジのグリーン・ステージ同様どこからでもステージが見えるのも素晴らしいっ。背の低い日本人には、こういう作りは本当にありがたいっす。ステージ脇には小さな池もあり、飾られた実寸大のゾウの模型を相手に子供達が楽しげにはしゃいでいる。
メイン・ステージの丘を越え、小さなガーデン、公園番(?)の石造りの建物他がちらばるエリアなど屋台やバー、カフェ、ショップ(ラフ・トレードの出店および中古レコード屋、雑貨・アクセサリー屋他)がいくつか並ぶ地帯を越えると、セカンド・ステージにあたるFar Out Tent、サード・ステージのGreen Man Pubに辿り着く。これまた緩い丘になっていて、丘の上にFar Out Tent(いわゆるビッグ・トップのマーキー)がそびえ、ふもとの生垣で囲まれた「秘密の花園」的空間がGreen Man Pub、ということになる。Green Man Pubの横にはシネマ・テント(ブリティッシュ・シー・パワーが「Man of Alan」を生演奏サントラで上映したり、がんばってました)、そしてその奥に文学&コメディ・テント(さすが文学や文字を愛するウェールズ、著者レクチャーからスタンダップ芸人まで充実!)。Far Out Tentの奥も含め、エコロジーやヒーリング、チャリティ団体のテントなど啓蒙・啓発プログラムも多い。ステージ間の移動は10分前後で、これならバンドを見逃すこともまずなさそうだ。
昼になり、まずはGreen Man Pubでギネスを一杯。ここはミニ野外音楽堂みたいなもので、ステージを囲むベンチに座り、好天の下たちまち和む。とはいえ一発目のウェルシュ・シンガー・ソングライターは・・・10年くらい前に米西海岸で流行った記憶のある、打ち込み宅録ポップであまり面白くないので早めに退散。ライヴが面白くなり始めたのは、午後2時近くのセカンド・ステージ:Diagonalから。この7人組は「なぜ今クリムゾン?」と突っ込みたくなるほどネオ・プログレな人達で、当然演奏上手いので楽しめる。キーボード2台、ギター3本、サックスと仰々しいのも70年代っぽくていい・・・んだけど、アメリカの今のプログレ・サイケ系(たとえばComets On Fireとか)に較べると爆音な迫力には欠けるか。が、それもジェネシスとかクリムゾンといった「高学歴・上流系英ロック」の伝統・・・なのかもしれない。
続いて地元ウェールズでは人気バンドというSibrydion。中心メンバーは元Big Leavesのメンバー、初の英語アルバム「Campfire Classics」はSFAのキアンがプロデュース、ということもあり音はぶっちゃけ「Fuzzy Logic」「Radiator」期のSFAっぽい。それだけではなくヴォーカルのやや鼻にかかった声もグリフっぽい・・・のだが、カチっとキレのいいソングライティングは達者で、ブリットポップ好きには受けるバンドだろう。まあ、今ブリットポップにどれだけ需要があるのかは分からないが。ちなみに今年のグリーン・マンは、地元ウェールズのアクトは当然ながら、スコットランド発のアクトもラインナップの大きな比重を占めていた。フェスそのものの音楽的志向がフォーク、ジャズ、サイケといった基本アングラなジャンルだから、というのも作用しているだろうが、イングランドのレペゼンぶりが低いのは実にユニーク(スコッツ、ウェルシュに並んで多かったのはアメリカン・アーティスト)。また、出演者の9割がインディ・レーベル所属でDomino、Rough Trade、WARP、Bella Union、Full Time Hobby、4AD、XLなどのアクトが目白押し!その顔ぶれを見ていて、自分が過去数年もっとも熱心にフォローしてきたシーンのひとつであるネオ・フォーク~アメリカーナ~ニュー・サイケ~SSWのブームが、(たとえ各アクトの粒は小さくても)こうして結集することで、ある種の「勢力」(=アーティスト、レーベル、サポートするファンの総体)として明確になったようで感慨深かった。そのイギリスにおける追い風役としてシンボリックな存在である①フリート・フォクシーズ②ボン・イヴェールのうち、今回「スペシャル・ゲスト」として出演した②は、実は3日間のうちでもっとも熱く迎えられたアクトだった。
そのままテント脇に居座り、ニューカッスル出身の話題の新人Beth Jeans Houghtonをチラチラ聴きながら眠りに落ちてしまった・・・ちゃんと見たかったんだけど、写真なんかだと派手なルックスで眼を引く割に正統派(声は良かったんだけど、こういう女性シンガー・ソングライターだとジョニ・ミッチェルと較べちゃう。で、ジョニほど曲作りの上手い人はまずいない)。続いて、今年20周年の節目ということもあり、実は色んなフェスに刺客(?)を送り込んでいるワープの一番手:Pivot。オーストラリア発のこの3人組、インスト・ロックということでバトルズと比較されがちだけど、曲の構成等はむしろプログレ(またクリムゾンかい?!)やジャン・ミシェル・ジャール、あるいはゴブリンなんかに近いセンスだと思う。ダサさすれすれなんだけど、そのベタさがストイック一辺倒のインスト・バンドらしくなくて好き。毎回ガッツのある演奏を聞かせてくれるいいバンドだけど、今回も1曲目からノリノリ!フリップ先生に聴かせてあげたいな~なんて思いつつ、この会場のPAの良さに感動する。
メイン・ステージに移動すると、傾いてきた夕日の中でキュートなフォーク・シンガーとしてオタッキー男子萌え!なEmmy The Greatがヒバリのようにさえずっている。フル・バンドで観るのは初めてだったが、「隣の女の子」的ナイスなチャーム(しかもホットパンツ!)とシンプルな歌は、芝生に腰掛け半ばピクニック状態の観客をばっちり魅了。しかし、この人のどこがアンタイ・フォーカーなの?とも感じる。アンタイというより、かわいいフォーク・ポップだ。そのまま、待ってました!この日いちばん楽しみにしていたアクトの一発目:Gang Gang Danceの登場を待つ(あ、こちらもイギリスではワープです)。落陽と共に、厳かにフィールドに響き始めたシンセの瀑布とポリリズミックなビートの乱打は、チャントや曼荼羅を思わせるサークルを描きながら、どんどん大きくなっていく。そのえもいわれぬ高揚感と祝福のトーンに感覚もワイドに開け放たれ、踊りまくっていた・・・のだが、周りは誰も踊ってなくて恥ずかしくなった。むしろ、呆然と立ち尽くしている感じ?GGDは、まあイギリスではまだクロスオーヴァーしていないから仕方ないけども、あの金の螺鈿に縁取られた非現実的に美しい音の塑像を前に、心・体を解放しないのは勿体無い。
この後メイン・ステージはいつもながら大人気!なBritish Sea Power(彼らのTシャツ着てる人、たぶん一番何度も見かけた)で、そこらへんの樹からもぎ取ってきた枝を熱狂的に振り回す観客と共に、アーケード・ファイア的盛り上がりを展開。しかーし、筆者の心はセカンド・ステージに登場するシスコのバチアタリ・サイケ集団Wooden Shjipsに向かっていた。CSNの曲名をもじったとおぼしきバンド名ながら、ライヴでのサウンドは予期していた以上にエレクトリック。スクリーン3面に色彩と光が乱舞し、ノリは完全にクラウト・ロック~スペース・ロックである。盤で聴くともっともっさりしたアシッド・サイケなんだけど、キーボードのモノトーンなリフ(このキーボード、アルミホイルで飾ってあるのがかわいい)と、それに輪をかけて単調なビートが主軸の演奏はまさにシルヴァー・マシーン系だ。若い観客より、むしろ年季の入ったヒッピー世代客が盛り上がっているのも頷ける音だし(この日、新著に関するトークをしに会場に来ていたキース・アレン=リリーの父ちゃん=が、筆者の目の前でノリノリでした)、サンフランシスコっていまだに過去の歴史・遺産とちゃんと地続きなんだなあ~と感じて嬉しくなる。早く00年代のグレイトフル・デッドが出てきて欲しい。
Wooden Shjips--We Ask Yo To Ride
いよいよメイン・ステージもトリに近づいてきた。が、まずはRoky Erickson。2年前に見て、その痛々しさは承知していたし、基本的にはブルース・ロックである今の彼の音楽にそれほど興味はないのだが、ある意味グリーン・マンというフェスの精神面でのシンボルとも言えるロッキー(思うに、このフェスは69年と09年を繋ぐサウンドなら何でもウェルカムなのだろう)は見ておこう、と思い直した・・・しかし、やはり今回も現行のブルース・バンドと一緒の演奏だったのにはがっくり。別に悪いものではないし、以前観た時より本人の動きも活き活きしていた。「Two Headed Dog」とか受けも良かったけど、アメリカ南部のバー・バンドとさして変わらないベーシックなブルース・ジャムをあのロッキー・エリクソンがやっているのか、と思うと悲しくもなる(近くにいた若者達は「ロッキー・エリクソンってバンド名だと思ってたよー」と話していたくらいだし)。むしろアコースティック・ソロをやってほしいくらいだけど、ダメージを受けた彼の完成は、もう元に戻らないのだろう。何より、声が変わっちゃったんだよね・・・ちなみに、ロッキーの大ファンであるジャーヴィス・コッカーは翌土曜のヘッドライナー。きっと舞台袖で見守っていたに違いない。
やっとこさ~!という感じで、23:30を回ってAnimal Collectiveの登場。いやはやすごい集客&熱気です。ほんと、「Merriweather~」は彼らにとってのワールドワイドなブレイク・アルバムだったのね~、と改めて実感。1ヶ月ほど前にフジで観た時と同じステージかと思いきや、後方にアルバム・ジャケットのパターンをプリントした幕が下げられているのは変わらないものの、①ステージ上方に白いバルーンが、また②3人それぞれの機材を載せたテーブルに白幕をかけ、それを足元から灯篭のように照らすことで(遠目に見ると発光する角砂糖が3個中空に浮かんでいるよう。まさにElectric Sugarcube)、より幻想的な雰囲気だ。歓声の中3人が登場、やはりイントロは新曲だったが、音のトーンは間違いなく「Merriweather~」の水中カメラを思わせる揺らぎと屈曲に満ちたもの。様々なエレメントを混ぜ込みながら、シークエンスされた「ジャム」として悠々と流れていく。しかし、3曲目に始まった「My Girls」はイントロと共にエクスタティックな反応が巻き起こったものの、音をプロセスしすぎ、なここ最近のACライヴ音響が裏目に出て、ノアのヴォーカルがエフェクトやサウンドの渦にすっかり吸い込まれてしまい、迫力に欠けていて残念。彼の声は存在感で勝負、ではなく質感がポイントとはいえ、あんなにシャープで燦然としたポップ・チューンの結晶を満天の星空の下シンガロングする、その喜びを摘み取るような音のアンバランスさは期待感で熱くなっていたオーディエンスの中に「あれ?」というチグハグ感を生み出していた。この肩透かしフィールはフジ・ロックでも感じたことだったし、「Feels」の頃の彼らのライヴはもっとズバン!と核心にリーチできていたのを思い出すと、ちょっと切なかったりもする。
そのフラストは続く「Guys Eyes」前半まで続いたが、徐々に機材とヴォーカルが溶け合い始め、元気一杯なエイヴィーが引っ張る「Summertime Clothes」まで繋げ、やっとマジカルなスパークが着火し始める。こうなると無敵なACだけど、軽く流した「Daily Routine」が終わったあたり=開始からほぼ45分で最初の「Thank You!」のMCブレイク、という展開は・・・やはり妥協なしに「我が道を行く」ACだなあ、としか言いようがない。その自らの探究心を最前線に押し出す姿勢そのものは高く評価するんだけど、一方でもうちょっとだけ、もうちょっとだけオーディエンスに向き合ってもいいのでは?という、歯がゆい思いも生まれた。ライヴで観客とコネクトしようとしないなら、スタジオでジャムってるのと変わらない。最新アルバムそのものが過去最高にアクセシブル&アンセミックなだけに、このライヴでのギャップにガックリする人もいるだろう。ハードコアな、エリートなファンしか相手にしてないバンド?とも受け取られかねないし・・・実際、このあたりからステージ・エリアを去っていく(脱落していく?)観客も増えてきたし、筆者の後ろに座ってたバイカー系の酔っ払いオヤジ客連中(ホークウィンド目当て、と見た)は「Boring!This is Rubbish!Play Real Music!(つまんねーよ、こんなのクズだ~)」と野次を飛ばし始めて、うるさいの何の。こういう文句ジジイな輩を相手にしても永遠に平行線なので当方がそそくさと移動したものの、エイヴィーがギターを弾き、ノアがパーカッションを叩く場面以外はほとんど動きが欠如したステージ+基本的に機械だよりのメカニカル&冷たい演奏では、年季の入ったオーディエンスまで納得させるのは難しいかもしれない。若くて「これが最高!」と信じ込んでる子なら、もっと柔軟だから問題ないだろうけども。
持ち時間は残り30分。とはいえここから後半は盛り返してくれて、ACの面目躍如だったのは嬉しい。「Fireworks」を核に据えた超ロング・ジャム(「No More Running」含む)は、離陸するジャンボ・ジェット機を思わせるお腹に響くノイズ~ミックスの高部を滑空するきらびやかなリフ~カモメの鳴き声を思わせる奇妙なエフェクトなど、エイヴィーのエネルギッシュなギター・プレイが引っ張る形でビートやサウンドが変幻自在にフォルムを変え、耳と感覚を聾していくあの感覚がズンズン戻ってくる。わーい!ラストには謎の踊り子(垂れ幕で頭を覆ってたんで、誰かは分かりませんでした)がステージ上に乱入し、サンバ・リズムの援用でオービタル並みの激レイヴ・チューンに進化した「Brother Sports」でイケイケ(というか狂気?)のダンスを披露。それを受けたオーディエンスもやっとほぐれ、フィールドにステップの渦を作り出し始める。動物の咆哮のようなフリーキーなシャウトを連呼し、演奏に没入~ヒート・アップしまくっていたエイヴィー&ノアは――しかし光と音とムーヴメント、ビートと小気味良いブレイクダウンが十字砲火になって全身を襲う、そんなカオスの一歩手前で踏みとどまり、掛け合いコーラスと演奏の双方で完璧なシンクロを見せることで、圧巻のエンディングへと持っていってくれた。こういう唯一無二なシンクロニシティの瞬間があるから、たとえ不満があっても、たとえ何かが欠けていても、自分はその一瞬が与えてくれる大いなる喜びを求めてACのライヴを観に行き続けるんだな、そう思った。闇の中テントに戻る途中、キャンプサイトのあちこちで「I don't mean to seem like I care about material things like a social status/I just want four walls and adobe slabs for my girls」のサビが合唱されていたのがなんともスウィートだった。
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