あの時の涙のワケを、ずっと考えていた。6月28日グラストンベリー・フェスティバルで、ブラーのフロント・マン、デーモン・アルバーンが見せた涙のことだ。「To The End」終盤、両方の目頭を手で押さえたまま顔を覆ったデーモン。そのままドラム台に腰掛けた彼は、結局「This Is A Low」の歌入り直前まで、座り込んだまま涙に濡れた顔を上げることができなかった。その瞬間、自分の中で何かがクリックした。
昨年12月の突然のリユニオン宣言、そしてハイド・パーク2 days公演の発表。アレックスは「また4人で演奏出来るなんて思ってもいなかった」と喜びを語り、グレアムは「商業的なプレッシャーのない中で、ただこの夏のツアーを楽しみたい」と意気込んでいた。数百名程度の小さなハコを回ったグラスト直前のウォームアップ・ツアーは、どの英メディアも大絶賛。そしてついに、4人のブラーとしては9年ぶりに、グラストンベリーの大観衆の前に登場することになった。これ以上ない程完璧な流れの中、私はてっきり、グラストは“この4人でライブをする楽しさ”を純粋に味わって、喜びを爆発させるライブになるのだと疑っていなかった。
ところが、実際はほんの少しだけ違っていた。序盤から腰を振りまくっていたノリノリのアレックスと、終始リラックスしていたグレアム&デイブとは実に対照的に、デーモンだけがかなりナーバスになっているように見えた。ステージをそこかしこ走り回り、最前列のフェンスまで下りてきてはシャウトさながら観客に訴えかける。その姿には、素直にこのスペシャルな舞台を喜ぶ余裕が見られなかった。しかし、その時は、このピリピリしたオーラは、きっと彼なりのリユニオンに対する気合いなのだと、逆にポジティブに捉えることにしていた。これはすごいやる気とパワーだ、と。だから、本編の最後の最後であの涙を見た時、思いっきり納得してしまった。“あぁ、やっぱり”と。手で顔を覆い、丸めたその背中は、それまでの勢いあるパフォーマンス後のせいもあってか、今にも壊れてしまいそうな程繊細なオーラをまとっているように見えた。この時だった、このリユニオンは喜びや楽しさだけでは説明できないのだと気付いたのは。
その涙の手がかりは、意外とすぐに見つかった。グラストから帰った後、グラスト出演直前のインタビュー放送を見た。ライブ数時間前収録と思われるインタビューの冒頭、アナウンサーに久々の大舞台直前の率直な気持ちを聞かれ、デーモンは明らかに緊張した面持ちで「a bit overemotional(ちょっとだけ感情過多になってる)」と、か細い声で答えた。数々のヘッドラインをこなしたバンドのボーカリストとは到底思えないナーバス具合。その時、ふと考えた、『ブラーにとって、このリユニオンは何を意味しているのか?』を。
Hyde Park2009 interview--Blur
私が最初にライブでブラーを見た時、もうそこにグレアムの姿はなかった。だから、2003年以前と比べて考えることはできない。しかし、基本的には、昨年のグラストンベリー出演のオファーをきっかけに、デーモンとグレアムの関係が修復したことがリユニオンのきっかけだろう。その辺にありがちな再結成(例えばお金とか)とは全く違い、ブラー再結成に関する批判が一切聞こえてこないのも、友情復活がリユニオンへの引き金になったせいだと思う。しかし、本心か否か、一度は「ブラーは終わった」とまで言い切ったデーモンのこと。グレアムを再びバンドに引き戻し、ハイド・パーク公演を頂点に据えたリユニオンへの道のりは、決して純粋な喜びだけで突き進めるものではなかったのだと思う。しかし、バンドはグラストンベリーをやりきった。そしてついに、この道の最高点、ハイド・パークへと向かう。涙の後だ、きっと大丈夫。そう信じて、7月3日、私はロンドン行きの電車に飛び乗った。
数日前までは大雨が予想されていたハイド・パーク2日目は、運良く晴天に恵まれた(デーモンは「本当は今日の予報は雨だったらしいね。でも、僕は雨が降るとは思わないけど!」と言っていた)。両端のスクリーンの周りには、ブリットポップを引っ張ってきたバンドらしく、それぞれイギリスの地図とロンドン道路図の描かれた垂れ幕が象徴的に掲げられている。平日にも関わらず、最初の前座が始まる4時には既にかなりのファンが会場に集結していた。シートを広げて一杯引っかけているファンの姿もあちこちで見られる。各々がそれぞれの方法で、その時を待っていた。そしてまだ空も明るい8時15分、観客のボルテージが最高潮に達した頃、「The Debt Collector」の陽気なサウンドが流れてきた。ブラーがついにハイド・パークに現れた。
ドラム台につくやいなや投げキッスをするデイブ。グレアムとアレックスは、ハイド・パーク2日目ということもあってか、余裕たっぷり笑顔で登場。そして、5日ぶりに見たデーモンは、グラストの時とはまるで違い、観客を睨み付ける眼差しから自信のようなモノが滲み出ている。そして、ニコッと思わずこぼれる笑顔。それを見て思わず呟いてしまった「あぁ、これは大丈夫だ」と。
ライブは「She’s So High」から「Girls & Boys」と、リユニオン後のライブお馴染みの流れで始まった。アレックスが、早速モニターを越えてステージ最前列まで飛び出している。グレアムもハイ・ジャンプを決め、既にエンジン全開だ。デーモンが沈みゆく夕日を指さし「綺麗だ」なんてロマンティックなMCを挟んでもなお、ブラーの4人をのせたジェットコースターは加速しながら超高速で突き進んでいく。5曲目の「Jubilee」では、デーモンとグレアムが揃ってステージで大暴れ。二人揃ってジャンプしたかと思えばそのままステージにバタリと倒れ込むも暴れ足りず、デーモンはゴロゴロと転げ回り、グレアムはギターを持ったままぐるっとでんぐり返し。これにはファンからも笑いと歓声が起きていた。
She's So High--Blur
とても40過ぎには思えない、エネルギーに満ちあふれたパフォーマンス。しかし、その印象はデーモン&グレアムのやんちゃっぷりからきたものだけではない。驚いたのは、4人が4人して、まるでバンドを結成したばかりの若者のような貪欲さとドキドキ感に満ちあふれていたことだった。ステージ上で繰り広げられていたのは、楽器を通じたスリリングな音の駆け引き。特に、中盤の見せ場「Out Of Time」~「Trimm Trabb」は、さながら、スタジオのジャム・セッションをこっそり垣間見せているかのよう。この時バンドに溢れていたのは、ノスタルジックな感情でも馴れ合いでもなく、明らかに、新しい何かを生みだそうとするクリエイティビティ。バンド内部で行われる濃厚なコミュニケーションを目の当たりにして、グレアム脱退からつい去年まで「再結成する/しない」議論が続いていたなんて、実は嘘だったのではないかと思わず疑ってしまった。もちろん、懐かしい感情はライブの至る場面で蘇ってきていただろう。しかし、私が嬉しかったのは、ウォームアップ・ツアーからグラストを経て、4人がお涙頂戴的な感傷ムードのその先に足を踏み入れていたことだったのだ。グレアムがメディアに語っていた「セールスを気にしなくていい今の状態は、バンドを始めたばかりの頃と同じ」という言葉が頭を過ぎる。そうだ、このリユニオンは過去の栄光をなぞるためにあるのではない。4人で“ブラー”という最もポップでウィットに富んだバンドをやるためなのだ。
それにしても、とてもおかしな気分だ。バンドは正式に解散していないとは言え、グレアム復活という意味でも、ハイド・パーク公演は確かにリユニオン・ギグだ。実際演奏しているのも、過去の名曲たちで、新曲はない。しかし、不思議なことに、10年も15年も前に生まれた超クレバーなポップソングたちは、“音楽とは、最高の遊び場だったはず!”というメッセージをこれでもかと突き刺してくるのだ。Blur vs 観客のランニング合戦が繰り広げられた「Sunday Sunday」も、大合唱になった「Country House」も、デーモン&グレアムのハイ・ジャンプが眩しすぎるほど輝いていた「Chemical World」も、全て。ブリットポップ以降、私たちは“音楽はシリアスな自己表現の場”というイデオロギーにロマンを見いだそうとしすぎていたのかもしれない。そして、“音で遊び倒す”というバンド体験の最も大切でエキサイティングな部分をすっかり忘れてしまっていた。しかし、貪欲で後先お構いなしの遊び心が生み出したブラー流アートこそ、聞くものをエモーショナルにさせるパワーを持っているのではないだろうか。これは、ブラー再評価ではない。むしろ、この時代が、ブラーの楽曲たちに、新たに大きな意味を与えたのだ。そして、まさにドンピシャのタイミングで、4人の戦士は再び目覚め、そのメッセージをライブで高らかに歌い上げている。まるで、つい最近出たばかりのブラーの新譜でもあるかのような、そしてそんな新曲たちをライブ体験しているかのような気分。こんなエキサイティングなこと、2009年夏のロンドン以外のどこで経験できるだろう?
そして、感傷的な気分を一切寄せ付けない、ポジティブパワー全開のまま、あっという間に到達したアンコール。本編を終え、少しリラックスした雰囲気になったのか、デーモンがぽつ、ぽつと語り始めた。「今日がロンドンで、そしてイングランドで最後のライブだ(※イギリス最後公演は、翌週スコットランドで開催されるフェスティバルT in the Park)。昨日は、本当に出来るか確信が持てなかった。でも、今日のショウは・・・何か特別だよ」。それを聞いて、「あぁ、やっぱりそうだったのか・・・」と思わず頷いてしまった。この天才は、4人のブラーをやりたかったからこそ、不安で不安で仕方なかったのだろう、と。ブラーをもう1度始めることになった。最初にハイド・パークをブックした。しかし、どれほどの人がブラーにまだ興味を持ってくれているか分からない(実際は2分で完売)。ウォームアップ・ツアーが始まるも、内心は、ハイド・パークという大舞台を果たしてやりきれるかどうかで心が落ち着かなかった部分があったのかもしれない(実際、「ハイド・パークの6万人の前でプレイするのは、1ヶ月前程は怖くはないけど・・・とにかく神様を信じてみようと思う」と最新のインタビューで答えている)。しかしどうだろう。彼は、グラストの涙を通過して、見事ハイド・パーク2daysをやりきった。それも、グラストから1週間も経たないうちに自信を取り戻し、ブラーのデーモン・アルバーンとしてステージに立った。グラストでは決して多く見られなかったあのパントマイムも、ハイド・パークで大復活し、彼は余裕すら取り戻していたようだった。アンコールの「Popscene」、腰を折り曲げて最後のワン・ストロークを決めたグレアムの背中を、デーモンがポーンと叩いて笑っていた。彼が力強く生きて行くには、こんな絆がもう1度必要だったのだろう。そして、その絆を彼らは再び手に入れた。もう怖いものは何もない。2009年の短い夏を、1番愛すべき仲間とお祝いするだけ。仲間と一緒に、1番好きなバンドの1番好きな曲を演奏して、スリリングな駆け引きを楽しむだけ。
The Universal--Blur
「Well, here’s your lucky day, it really really really could happen」-怒濤の90年代を共に駆け抜けた4人は、ブラー不在の6年間、この言葉を信じて、独り旅を続けてきたのかもしれない。その6年間を経て、彼らは、4人でもう1度ブラーをやることが自分たちにとって本当に必要なことであると、自分で自分を証明するためにハイド・パークへとやってきた。そして、それが必要なことだと心の底から実感できた時、4人はようやく、もう1度“ブラー”になれたのだと思う。最終曲「The Universal」の直前、「僕らを再び引き寄せてライブをさせるよう辛抱強く働きかけてくれた人たちに感謝したい。そして、ここにいるファンのみんなも!」と言って、ステージサイドのスタッフやサポートメンバーに頭を下げたデーモン。ありがとうを言いたいのは、むしろこちらの方だ。4人で戻ってきてくれてありがとう。私はきっと、これ以上幸せにはなれない。
(写真・文=Ayano Onodera)
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